第2章(5/12) 神経性食欲不振症(拒食症)「私の居場所がどこにもない感じ」24歳S子さんと先生が会ったのは、第1章と同じ大学病院の心療内科でした。 彼女に施されたのは、オペラント理論による行動療法。 この治療法の原理は、病気になっている状態を続けさせるような要因を極力排除すること。 たとえば、極端に痩せ過ぎている人がいた場合、まわりの人がそのことで、本人に気遣いを見せたり関心を寄せたりするものです。が、もしこうした周囲の優しい態度を、患者本人が願っていたとするならば、周囲が世話をしたり関心を寄せることは、本人が痩せ過ぎている状態にこだわる結果になる。 だから、治療のためにはこうした外的要因をできるだけ少なくすることが大事と考え、家族や職場の人との面会や外出を制限します。また一方では、自分の意志で食事をさせることで、退院後の体重維持や、生活改善も、視野に入れる。 この、拒食症にたいして優れた治療効果があるとされる行動療法の欠点として、大林先生があげているのは、入院期間が長くなる(平均で4ヶ月)こと、日常生活が制限されるために患者さんの不満が出やすいこと、病気にいたった心理的背景がおざなりになること。 この欠点を補うために、行動療法を行う医師のほかに、精神療法担当医と呼ばれる面接担当医がつけられることがあり、S子さんのケースでは大林先生がその役割を受け持ったのでした。 S子さんは、3ヶ月あまりかかって、体重を38キロまで(入院当時とくらべて8キロ)増やして退院。郷里に帰って1ヶ月間の静養をする予定でしたが、2週間たらずのうちに外来に顔を出します。実家では居場所がないので会社の独身寮に戻ってきたとのこと。 私(平井)は、家族との関係が、ここでも問題の核のような気がしました。その後の面接で、S子さんはいい成績をとっても家では褒められたことがなかったことや、父親との交流もほとんどなかったことを語ります。 入院のきっかけは職場の元上司のすすめで、入院期間中一度も家族は顔を見せず、そのことについてS子さんが不平を言うと、仕事があったからしかたがないと弁解されただけでした。 やがて、ストレスが多かった職場を退職し、アフリカへ短期の語学講座に行き、その後もしばらく滞在して彼女なりに何かをつかんでから帰国し、大林先生にはチョコのおみやげを持参したのでした。 「以前、彼女に感じられた、甘えたような口調はすでになかった(67ぺージ)」 「彼女の治癒機転については私もよくわからない。少なくとも『気にかけてもらいたい。心配されたい』という願いが満たされたためではなく、またその延長上にある自分の『居場所』を直接的に見つけたわけでもないようだ。むしろ、そうした願いへのこだわりがなくなることで、ひとつの解決法を見つけたようだ。」 先生はS子さんがなぜ治ったのかわからないとおっしゃっていますが、私は、これこそ、心理カウンセリングの効用であり、典型的な成功例のひとつだと思います。 彼女にしてみれば、婚約破棄のことや職場のことも、アフリカ行きのことも全部相談できる先生がいた。反対されても、アフリカ行きのために面談を終えるまで関係は良好だった。語学講座終了後は現地に残る人が少なく、「どうしたらいいか」と手紙を書けば、日本に帰るようにと返事をくれる。彼女にしてみれば、「どうせ帰ってこいという返事をくれると予想していて、そうすれば帰る口実ができるという気持ち」だった。 S子さんにとって、"帰る巣"というか、精神的なよりどころは、大林先生だったのではないでしょうか。 じっさいに、日本に帰って来なさいという返事をもらってみると、これでいつでも帰れると逆に安心できた。そこでもう少し残っていたくなり、そこから動きはじめて・・・という感じだったのですから。 見守ってくれる、信頼できる大人として、大林先生の存在があったから、父親代わりのように感じられたから、安心できる心の基地があったから、ひとりの女性に成長できたのです。 子供を見守りながら成長を促すのは、本来は育ての親の役割ですが、心の治療家、精神療法の専門家も、その代替えの役割を果たせるというよい例だと思います。
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