心療内科医が書いた本『幸せの絆を求める女たち』から<境界例>

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第3章 ボーダーラインケース(境界例の症例)(1/12)

「私なんてどうでもいいと思っているでしょう」26歳Y子女性

ボーダーラインケース(境界例)という言葉は、神経症よりも病んでいるけれども、精神分裂病(原文では精神分裂病と書かれていますが、現在の呼称は統合失調症で統一されています)ほど人格がおかされていないという意味でつけられたようです。

ボーダーラインの症状から見た診断的特徴は
以下、抜粋
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1 アイデンティティの混乱
2 対人関係における安定感がないこと 
3 怒りのコントロールができず、衝動的な行動に走ること 
4 孤独に耐えがたいこと
5 自傷行為があること 
6 慢性的な空虚感、退屈感があること(73ぺージ)
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ボーダーラインの患者さんは治療が困難とされています。それはボーダーライン(境界例)の人は、誰かにベタベタに甘えたい、思い切り、自分のすべてを預けてしまいたい!という欲求が大きすぎるからです。「自分は受け入れられない人間だ」という思い込みが強いので、なんとかこの孤独感を癒したくて、自分のどんな要求もすべてを受け入れてくれる人を求めてやまないのです。そして、少しでも受け入れてもらうと、今度は疑いの念がわいてくる。わがままを言っても受け入れてくれるのか?を試そうとする。

しかし、ボーダーラインの人の要求は度を越しているので、治療者も最初は受け入れていても、音をあげてしまう場合が多い。
ここで、ボーダーラインの人は、「私はやっばり誰からも受け入れてもらえない愛されていない人間なのだ」という自分の思い込みを、絶望にまで強化させてしまうのです。

このY子さんは、以前は保護室があった精神病院に入院していたのですが、他の患者さんや看護婦さんを困らせて保護室に入れられていました。保護室は個室なので治療費が高く、定年退職した父親の経済的負担が大きかったことと、看護婦さんから他の病院を探すようにほのめかされたことで、今の病院に転院してきたという経緯がありました。

Y子さんは一見ひ弱そうな印象でしたが、大林先生に自分の性的な体験を打ち明けたあと、問題患者になってしまいます。夜になると自宅に電話しようと公衆電話の受話器を話さなかったり、看護婦にしがみつき、「死にたいんです」「退院させて下さい」と困らせたり。患者主催のボウリング大会ではその場に溶け込んでいたのですが、その帰り、大通りを歩いているときに急に車道に飛び出したのです。

車に轢かれないよう歩道に引き戻そうとしたケースワーカーと大林先生に激しく抵抗し、「殺される! 助けて!」と大声で叫びはじめました。二人の男に腕をつかまれて逃げようとする若い女性の姿に、走っていた車が急停車して、なかから男性がゴルフのクラブを振りかざして飛び出してきました。そばにいた女性スタッフが「やめて! 違うんです!」と叫んだおかけで誤解が解けたものの、その後も同じようなことが何度も繰り返されました。

まわりを振り回してしまうボーダーラインに限らないのですが、アダルト・チルドレンの多くは、子供の時期の、親に甘えたい盛りの欲求が満たされていないのです。
そこで、いい大人が、親代わりになってくれる人間を世の中に求めて探し回ってしまう。子供時代は一度きり。やり直しはできないのです。最初からないものを探し回ってしまうのですから、ほぼ不可能なのです。よっぽど辛抱強く理解ある異性が現れて、その人の要求を全部のみ続ければ別ですが、現実問題として、治療の場で、医者や看護婦に求められることではありません。

悪意はないのですが、自分が責任ある大人である自覚がなく、周囲への影響を考えて行動を抑制することもできないのが、ボーダーラインケースといえると思います。

以下の部分は、Y子さんが、ベテラン看護婦さんを自分の母親のように感じ、自分は置き去りにされそうで不安でたまらない小さな子供だと感じているとすると、ピタリと符合します。
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あるベテラン看護婦は「先生、昨夜は頭の黒いコアラが私の腕からずっと離れなかったんです。しかたがないので、私はコアラを引きずりながら薬を配りましたよ。体力には自信がある私ですけど、さすがに疲れました」と笑いながら私に話しかけた。

私は主治医としてなにも役立っていない自分を感じ、返答に困ってしまった。こうした出来事が収束する兆しもないため、開放病棟しかないこの施設の限界を超えた症例ではないか、という意見も少数派ではあったが出はじめた。
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大林先生は病室で顔を見れば「先生、殺してください」と白衣の袖をつかまれ、主治医としての慰めの言葉もうまくでない。他の患者さんから可愛がられ、楽しそうにしているときもあったY子さんの、問題行動がいっこうに止まないため、(新米)医者として挫折を味わっていくうち、精神的に参ってきます。
夜中に目がさめる。そのまま寝つけない。食欲もない、なにをやるのもおっくう。

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自分を苦しめたのは自分に覆いかぶさる気分であった。それは自分はなにもできないのだという無力感や、虚しい試みをしているという気持ち。そして、普段、当たり前だとしてほとんど省みることのなかった、人間に対する素朴な信頼感のようなものが、脅かされ、自分が寄りかかっていた基盤が不確かなものだったと思い知らされる不安感であった。(90ぺージ)
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この当時研修医だった大林氏にY子さんを受け持つことを指示した上司の指導医は、最初からY子さんのことはボーダーラインとして治癒は難しいとみていたようです。ここで、Y子さんに難題を直接突きつけます。「殺してくださいといわないこと。病院の行事に参加すること。それができなければ退院すること」

数日後、強制退院が宣告されました。父親が彼女を引き取りに来院し、百日あまりの入院をこうした形で終わらせた病院にたいして、不服はいっさい言わず、迷惑をかけたと恐縮するばかり。

退院してまもないある日。Y子さんはご両親が買い物からもどってきて、自宅があるマンションを通りから見上げ、三階のベランダにいる自分の姿を認めたことを確認すると、首をつりはじめました。不幸なことに、この日はいつも持って出る自宅の鍵をふたりとも忘れていたのです。 管理人にドアを開けてもらったときにはすでに手遅れでした。

葬儀から何週間か過ぎて、ご両親が来院。Y子さんが書いていた日記のコピーを持参し、「先生の研究のお役に立つかもしれない」と置いていきます。

この日記のなかで、私(平井)からみて、母親がY子さんに過度に批判的だったのではないか?とうかがわせる部分がありました。
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母と電車を待っている間、私が「毛糸編みでもはじめようかなあ」と言うと母が「あんたなんかだめよ。この前の帽子でもそうじゃあない。お父さんだってかぶろうとしない」と言ったので急に腹が立って、母をぶった。隣には人もいたけど、電車に乗ってからも思い出してまた母をぶった。
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うまく言い返せないY子さんもどうかなとは思いますが、なぜY子さんのお母様は、こう頭ごなしにあんたなんかだめよとぴしゃりと否定したのでしょう? 自信をなくしている娘を、大きな目で見守ってあげなかったのでしょう? なぜ、「どんな形でもいいから、なにかやってみなさい」と励ましてあげなかったのでしょう? あるいは、「あの帽子、すごくヘンな形で、面白かったわよね?」と、二人で笑いころげたりする軽さや一体感やユーモアがないのでしょう? このようなささいな日常の一こまにも、子供の心を病ませる要因がみえるのです。

このお母さん自身が、コンプレックスが強くて、子供の良いところを是認してあげられなかったのではないでしょうか? 夫(Y子さんの父親)の話によると、すぐにカンシャクを起こすし、夫の会社の上司に電話して「夫がかまってくれない。注意してほしい」といってみたり、お給料は半月で使い切ってしまうし、また、Y子さんが入院中も、退院するときも、なにかあるといつも父親が来院していたのです。

娘と、父親の愛情を本気で張り合うような、精神的に幼い母親をもったとしたら、娘は精神的に苦労していたはずなのです。

子供をその子供自身でいられなくするほど、我執の強い親は現実にいます。次にあげる、Y子さんのお姉さんの話は、機能不全家庭に育つ、一人のアダルト・チルドレン(ここではY子さん)の言動として、象徴的です。
以下、Y子さんのお姉さんの言葉です。
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「Y子はとても素直ないい子でした。私は小さいころから母とはよく衝突しました。家を出るときは大げさでなく、母を蹴飛ばして出ました。それぐらいしないと自分が保てなかったのです。

両親はよく口論をしていました。私はできるだけかかわりにならないように、意識的に無視しました。それができないときは、ふたりをどなりました。『私のいないところでやって』とか。でもY子はしませんでした。両親が口論になるのを彼女はとてもいやがりました。口論を怖がり、口論の最中はおろおろしていました。そしてなんとか、けんかにならないように、仲をとりもとうとしました。もちろんそれは成功しませんでした けど」
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Y子さんのお姉さんの話から、両親のいさかいがたえなかった、病んだ家庭を、大切に保とう、守ろう、ふたりをなんとか仲良くしようと、子供心に家庭の平和を願っていた、いじらしいY子さんの姿が痛々しいです。

同じきょうだいでも、お姉さんのほうは、自分には関係ないとシャットアウトして拒絶し、しがみつく母親を振り切って家を出ることもできた。精神を病むのは、純粋で優しい、他者への気配りが細やかな、関係性に敏感な子であることも、またひとつの事実です。

ボーダーライン(境界例)患者が育つ家庭は、父性が弱いような気がしています。父なるものとは、子供を鍛えたり、厳しく突き放したり、欲求をときには我慢して社会のルールに従うことを強制する面をもっています。この父親的な役割は、必ずしも性別のことではなく、母親が、父なるものであってもかまわないわけですが、いずれにしろ、子供には、ある程度は他者に合わせることも教えておかないと、その子供自身がうまく社会に適応できなくなります。

父親が甘く受け入れてくれる一方で、母親がカンシャクもちで、思い通りにならないとすぐに欲求不満を父親にモロにぶつけて罵倒し、そして父親も、それに感情的に反論するなかで育った子供が、社会にうまく適応できない、人ともうまく関係をつくれないのも、とくに不思議なことではないと思います。

――しかも、父親はY子さんに自分の味方をしてもらうのを喜んでいたのです。子供にはこういう役割をさせないよう、大人は気をつけなければいけません。――

子供の心が健康に育つ条件は、夫婦仲が良くて、家庭が平穏で安定していることです。

子供時代を子供らしく暮らせなかったアダルト・チルドレンに必要で大事で有効なのは、グリーフワークだと思うのです。グリーフとは、深い悲嘆のことをいいます。アダルト・チルドレンに必要なのは、かつて与えられてしかるべきだったのに、与えられなかった愛情や世話や関心を知り、嘆き、手放していく作業です。この過程をへて、人は短い時間で自分を育て直し、強くもなれるのです。2006/7/8


『幸せの絆を求める女たち―心療内科の診察室から』大林正博著・アマゾン紹介リンク

この本の内容

第3章 ボーダーラインケース(境界例の症例)(1/12)

第7章 抑うつ状態(2/12)

第6章 反応性うつ病(3/12)

第1章 神経性過食症(4/12)

第2章 神経性食欲不振症(拒食症)(5/12)

第10章 人の意向にばかり合わせるくせがある(6/12)

第9章 自律神経失調症(7/12)

第8章 過敏性腸症候群(8/12)

第5章 パニック障害(9/12)

第4章 対人恐怖症(10/12)

第11章 解離性障害(11/12)

エピローグ そして誰もが絆を求めている(12/12)


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