『血と言葉――被精神分析者の手記』第1章 精神分析医との出会い
※冒頭の部分は、詩的な映画の始まりのようで、とてもいい雰囲気なのですが、
長いので私なりにまとめてみました。こんな感じです。
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パリ市の中心、14区にある袋小路。つきあたりにバロック風の家はあった。
『私』は七年間、ここに 週三回通った。
先生は、茶色の髪と黒い瞳をした小柄な男性。
きちんとした身なりの、ほっそりとしたどこかよそよそしい感じの男。
『私』は医者の小さな家のなかの柔らかい光につつまれた机の前のイスに、
先生は机の横の黒いひじ掛けいすに座っている。
正面の壁にはぎっしり本のつまった書棚、その中央に長枕と
小さなクッションをのせた茶色のカウチがある。
『私』は、これまで受けた治療について聞かれる。
慢性の婦人科の不正出血が、三年以上も続いている。二度の掻爬手術。
有名な先生に診てもらうと子宮筋腫で早急な手術が必要だと言われたこと。
道を歩くのにも人から内面の異常を気取られまいと、転ばないように、
他人につかまらないように、病院に連れて行かれないように注意していること。
『私』は狂気が抑えられなくなる日を恐れている。外出も難しくなった。
とうとう、バスルームのビデと浴槽のあいだにうずくまって暮らすようになった。
精神科に入院させられて強い薬を処方されたが、後頭部が痛み、
思考力がなくなるので飲んだふりをして陰で吐き出していた。
社会から隔絶されて薬を処方されるだけの毎日。
自分の治療についての決定権はなく、意思を確認されず
医者と、自分を入院させた親戚によって、一方的に決められていく状態に
危機感をおぼえ、そこを逃げ出してここに来ている。
『私』は、この初対面の医者に《あれ》(狂気)のことを話すつもりはなかった。
それなのにけっきょく話はそのことになってしまった。
この医者は、『私』の話にどう反応するか不安になった。
医者はこういった。
「その薬は非常に危険ですから、飲まないでよかったですね」
『私』はほっとし、医者に感謝の気持ちをもつ。
少し希望の光が見えてきた。
(この医者は、心を打ち明けられる人なのかもしれない)
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第一章を読んでびっくりしたことは、本のなかのヒロイン、この、
まったく未知のフランス人女性と、日本に住む生粋(きっすい)の日本人である私と、
不安神経症の症状や出血の多さ、内面に強烈な不安を抱えている苦悩が、
あまりにも酷似していたことです!
この不安を他人に伝わるように表現する的確さ、豊かさ!
それはつまるところ、翻訳者の柴田先生のウデでもあるわけですが。
たとえば、以下にあげた、文中のこんな表現が、当時の私の胸を打ちました。
不安神経症の症状とはどんなものか
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私の目はもはや窓ではなかった。開いてはいても、私自身がすでに閉ざしてしまい、今では単に二つの眼球にすぎないことを、私は知っていた。
私は自分の内心の逆上、混乱、興奮状態を恥じて、誰にも、この医者にさえ、それをみせたり、知らせたりすることをはばかった。狂気を恥じていたのだ。狂気にくらべれば、どんな生活でもましだと思った。私はたえず急流や漂流物や渦にあふれた、危険きわまりない水中を漂っていた。それなのに、白鳥が悠然と湖上をすべるようなふりをしていなければならなかった。P7
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時々、視力も低下した。霧につつまれた私には、一切がぼやけて危険となった。P16
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当時の私は自己抑制と《あれ》との闘いに没頭していたので、ものがよくみえず、失明するような気がしていた。レーダーで動いていたのだ。いやむしろ、一種の本能の力で、人やものにぶつからずにすんでいた。P20
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この三つの症状だけでも、そのまま私の症状に当てはまりました。神経症の症状は、患者の国籍や人種、文化、社会階層、受けた教育の高さに関わりなく共通しているのですね。
この根源的な不安の正体を、本のなかのヒロインも私も、精神分析によって
つきとめ、対峙し、打ち勝つことができました。
・・・とはいっても、私の場合は自分ひとりで自己の精神分析を完結し
数ヶ月で神経症が治ったのですが、その成功と勝利も、
この貴重な文献との出会いがあったからこそ、でした!
今あらためて、この本に関わったすべての方に深い感謝を捧げたいと思います。
神経症の狂気とは、一瞬一瞬休む間もない恐怖や不安です。
それと闘うだけで、毎日ヘトヘトになってしまって他には何もできなくなってしまいます。
精神が自然と狂気にぶれていく針を、何度も何度も、現実に合わせて
調整し直しているようなものです。
終りのない、果てしない、どこまでいってもきりがない、虚しい作業。
でも、それをしなければ現実にとどまっていられないという焦りから、
その不安を否定し、抑えようとします。
そんなことをしても改善はできない、
ムダだとわかっているけれども、この現実世界にとどまるためには、絶対にやらざるを得ない。
自分のなかに狂気を抱えていることを、まるで犯罪のように恥じ、指名手配犯人のように、
履歴や素性を他人にさとられないようにと、一瞬たりとも気が抜けない作業を、
起きているあいだじゅう、際限なく繰り返しているのです。
こんなふうに頭がおかしくなった自分におののきながら、
恐怖や不安の正体が知れないので、まるで得体の知れないものすごいパワーがある怪物と、
ひとりで素手で闘っているような、追いつめられた気持ちになってしまうのです。
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