『プライベート・アイズ』は何に有効か(第92号 2006・12・20)

平井です。(^^) 

長く間が開いてしまって、何から書いたらよいのかわかりません。(^^;

まずは、『プライベート・アイズ』を受講されている方への
アドバイスでもしましょうか。
  

■他人との距離感 〜人に頼めること・頼めないこと〜

プラアイは、基本的に独習プログラムです。ご自分で進めていって、
もし、わからないところがでてきたら、迷わず質問して下さい。

プラアイの受講生さんのなかには、何も自分では実行しないで、
私に全部、おんぶにだっこしようとされる方や、
逆に、絶対に「平井さんの手なんて借りるもんか!」と意地を張って?
行き詰まってしまう方がいらっしゃいますが、

自立ということは、何もかも全部自分でやることではありませんし、
教えてもらうことは、劣っているからでも、降参することでもないのです。

他人にたいして、自分でできない部分は頼るというか、手伝ってもらったり、
教えてもらう、その体験に慣れておくことも、社会生活には大切なことです。

本当は、親子関係のなかでこういうことを練習できていたらよいのですが、
「精神療法(心理療法)は治療家によるクライアントの育て直し」
でもありますから、どうぞ私を練習台に使って下さい。(^^) 

私のような、教え好きなタイプの人間にとって、
何かを人に教えることは、それじたいが喜びでもあるのです。

「ここまでやったけど、ここでうまくいかないんです」というような
質問には、がぜん張り切って、よりいっそう親切に答える私です。(^^
  

■日本語の読解力がない方はダメです・・・・

なんだか人をバカにしたような言い方ですが、
独りよがりで文章をねじ曲げて解釈する方には、役に立ちません。

先日のことですが、私が、精神病院に長いあいだ通っていて、
まともな社会生活が送れずにいた、とか、
インナー・チャイルドに悩まされていた、とか、おっしゃるので、
なんでなんで何でだろう?なんで印刷してあることと
全然違うように受け取るんだろう?と首をかしげてしまいました。

テキストには、「当時の精神科には怖くて行けませんでした」とか、
「インナー・チャイルドと出会って心がぽっ、と温かくなりました」とか、
しるしてあるにもかかわらず……。

おそらく、目を通してもいないのでしょうね? (;^_^A 

先入観や思い込みではなくて、書いてあることを書いてあるままに
読み取って、疑問や質問があったらメールくださいませ。(;^_^A 
  

■蒔かぬタネで実まで望むのは無理 

『プライベート・アイズ』は、心のセルフコントロールとしての
プログラムでもあり、第一章から順序に実践してこそ、
効果があがるようになっています。

できない、という方に限って、焦るあまり、
手順をはぶいていたり、注意事項を無視しています。

テキストのいちばんドラマチックな部分にのみ気をとられて、
最初から高度なそこだけやろうとするから無理なのです。 

いきなり高度な複雑なことをやらなくても
(そこまで最初からできる人なら、私のテキストなんて不要でしょう(^^;)
イメージができなくても、自己催眠ができなくても、
まず、もっと簡単な、別な方法で潜在意識に近づいて、
自分についての正確な情報を引きだす方法が、ちゃんとわかりやすく、
書いてあります。

他にも、日常生活のなかで、心を健康にしていく方法や考え方が、
いろいろいと書いてあります。 

上手にできる人というのは、線を引いたり、付箋をつけたりして、
とても丁寧にテキストを読みこんで理解しようとなさいます。
あせらずじっくり忠実に実行されています。

だから効果がでるのです。

できないという訴えをする方は、話をよく聴いてみると、
もうほぼ100%に近く、テキストはサラララ〜ッ、と、
ほんの、なでる感じぐらいしか読んでいないし、
プログラムに逆らって、メニューの途中を省いたり、
勝手にやり方を変えたり、最悪、ひとつたりとも実行していない。

自分が言われたことを守らないで、それで効果がないのに、
テキストの不備のせいにしちゃったら、なんにもならない。

このメルマガでもウェブサイトでも、使用上の注意事項でも、
繰り返し「トラウマ探しだけを優先してはダメですよ」と申し上げています。

他人の(私・平井の)トラウマだったから、興味深くへえーと、
面白く読めたかもしれませんが、これが、ご自分のトラウマだったら、
対処するのに大きなエネルギーがいります。戦略も戦術もいります。

見つけることができたとして、「へえー」で終わらないのです。

トラウマを見つけたら強いショックを受けないほうがおかしいです。
そのショックに今度は叩きのめされてしまいかねない。

そうならないように、周到な用意と心の準備がいるのです。
受け止める用意ができたとき、知りたい事は知る事ができます。
けっして遅すぎることはありません。

スポーツをするときも、料理や、クルマの運転を習うときも、
いろんなことを覚えたり、動作をこなす必要があるのに、
なぜ、心だけは、ランチメニューのように、
自分の好きなところだけを選んで、思う通りにできると、
安易に考えてしまうのでしょうか? 

『プライベート・アイズ』では、トラウマ探しより、
先にやることがたくさんあります。

(忠実に実行される方は、力みがないので、比較的スムーズに
 トラウマが出てきますし、冷静に対処できているようです)
  

不安神経症者の抱える不安は医者から理解されない(ことが多い)

「不安を手放すために、何をすればよいのか?」
欲しいのはこの答えですよね。

ところが、精神科医が書いた本にさえ、
「不安にならないようにしなさい」とか、
「不安には根拠がないから気にしないように」などとあります。

また、心療内科や精神科でも、「あなたの気のせいですよ」と、
「気にしすぎですよ」と、慰めにならない慰め?で、
片づけようとされるみたいですけどね……。(;^_^A 
神経症者の気持ちが全然わかっていないです。

「根拠がない非現実的な不安だ」とわかっていても、どうしても、
意志の力では振り払えないから困っているのです。

自分でも無用な心配だとわかっているのに、無視しようと努力しているのに
それが成功しないから、弱っているのです。

プラアイでは、その「どうすればよいのか」がズバリ書いてあるのです。 

でも、”願うだけ・思うだけ・で、即叶えられる”わけではないですよ。
ファンタジー(夢物語)と現実は別です。

ご自分の甘ったれた姿勢について、私に指摘されるまで
気づかない方も少なくありませんが、
心配しなくても、やればやっただけのことはあるのが、
この『プラ・アイ』です。

いいですか?

ゆめゆめ、ご自身の能力を低く見積もってはなりませんよ。(^^) 

自己信頼感も、アダルト・チルドレンや神経症者にとって、
大切に、これから、今から、意識して育てていくもの、なのです。 

新しいことをやってみて、達成してみなければ、
自信も生まれないでしょ?

「あなたならできる」し、
「あなたが本気にならない限り、私には、あなたは治せない」のです。

これは、身体の病気も心の病気も同じことです。
「口では治りたいと言いながら、
心のなかでは、治ることを拒否している人」にならないで下さいね。
 

トラウマを思い出すことは、より深刻な精神的危機になりうる

トラウマ探しについては、とてもデリケートで、複雑・微妙な問題です。

トラウマをただほじくって、あとは惨めさや辛さのなかに放り出す、
そんな「治療」がありますが、私はそれは治療でも、セラピーでもなく、
結果的には、お金を支払って受ける、損害、苦痛と暴行だと思います。

サイコセラピーが救い(癒し)になるか、あるいは逆に、
苦痛を味わうだけの虚しいものになるかの分かれ目は、
セラピストの気持ちや、姿勢や、
語りかけの微妙なニュアンスの違いです。

クライアントにトラウマを再現させることまでが自分の仕事だと考えているセラピストは、
クライアントが感情を想起し、その猛烈な感情の渦に巻き込まれて溺れそうなのに、
助け舟を出すことができないというか、平気でほったらかしにしてしまう。
これは人助けどころか、逆に罪なこと。
職業セラピストなのに、他人の痛みには鈍感なのかもしれません。

催眠療法やサイコセラピーやNLPやEMDRにしても、
それらが無条件にそのまま癒しや治癒や回復になるのではありません。
ひとりの人がセラピストによって癒されるとき、そこにはセラピストのプロとしての
技量があるのです。 
 

『プライベート・アイズ』は、精神分析らしくない精神分析

精神分析の理論では、精神分析家の隠れ身といって、
精神分析家自身のプライバシーを明かさないことになっています。

「精神分析は、クライアント自身が、精神分析家の助けを借りて、
自分の感情や思考を掘り下げていくものだから、
精神分析家がどんな人かは漠然としていてわからないほうがいい。
精神分析家は、クライアントの前で、同等の人間というよりは、
クライアントの姿をありのまま映し出す大きな鏡になる」
・・・という理論があるのです。

『プライベート・アイズ』は精神分析らしくないだけでなく、
似たようなセラピーは、他に類をみないようです。

なにせ、セラピスト自身の体験を赤裸々に語って、ここまでのトラウマを、
人は体験し得る、克服し得る、という例を見せているわけですから。

クライアントにいきなりトラウマを強制的に見せつけて、
地獄のどん底に突き落とす「セラピー(でないセラピー)」と違って、
プラアイでは、心のしくみやトラウマについての十分な予備知識と、
適切な対処法をあらかじめ教授しています。 

一貫した温かい支援的な態度のもとで、トラウマを思い出したなら、
それが新しい傷になってしまうことはなく、むしろ、
気分的にすっきりして、精神的に落ち着くようになるのです。

『プライベート・アイズ』
http://hiraiyoko.com/nh.html
 

心の治療の最前線の現場から・・・言葉と、感情や想念との関係

原理としては、もやもやした想念に、ふさわしい言葉を見つけると、
その感情や想いは、うまく処理できるようになるということです。

『血と言葉』のマリ・カルディナルも、吐き出すたくさんの言葉によって、
人生でのさまざまな体験をそれと自覚して、分類し、区別や整理ができた。
自分の物語を紡いでいくこと、それが癒しになる、というような、
意味のことを言っています。

心理療法の現場では、今ごく自然に、「自分の物語を語る」ことの
重要性が言われるようになりましたね。

精神分析をはじめ、多くの精神療法(心理療法)の場では、
言葉は、とても強力なツールになります。 

精神療法(心理療法)は、自分の心のひだまで表現するものですから、
母国語で受けるのがいちばん望ましいですね。 

日本にだけいると日本語が通じて当然だと思ってしまいますけど、
歯医者さんや外科医なら、患部を見せればわかりますが、
心のことはほんと微妙ですから、外国語では無理です。

『血と言葉』の原題は、フランス語で、『それを言う言葉』です。

神経症の原因となった抑圧と禁制とを言葉によって探り当て、
それだと理解し、把握し、表現することは、心の鎖をはずし、心を楽にするのです。

これは体験してみないとわかりません。

神経症の人に限らず、虐待や抑圧のなかで育った方や、
それほど深刻でなくても、心に傷を負った方に有効な手段です。 

でも、多くの人間は、自分が変わることに抵抗しがちなもの。

私自身、神経症があんなにひどくならなければ、自分としっかりと
向きあって、根本的に自分自身のあり方を見つめなおそうという
気持ちにはならなかったと思います。(^^;

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