マザーテレサとアサーティブネス・魂の救済(86号 2006・6・11)

こんばんは。平井です。(^^) 
資料を整理していて、こんな記事を見つけました。

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●母と娘/宗教と愛と奉仕の形
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―― マザー・テレサ <神の愛の宣教者会>創立者 ―― 
  ”最も貧しき人々”に愛を捧げとおした聖女

有名なマザー・テレサですが、私は今まで、この方は、
キリスト教の伝道師の、もっとも献身的な姿だと思っていました。 
しかし、それだけではなかったことを知りました。

マザーが行き倒れの人を看取るときには、
手厚い看護をして、手を握り、
その人が願う宗教で祈りを捧げたそうです。

捨てられている人間を救う、
その行為だけでも凡人にはできないことですが、
マザーの無私の精神が現れているのは、
その人が信仰している宗教の言葉で祈りを捧げたという部分です。
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自分の思想を伝道させるためだけなら、
クリスチャンだから、キリスト教の教えが素晴らしいから、
こういう博愛精神があるのだ、とキリスト教だけで通してもおかしくない。

マザーは救護院をつくったとき、最初、キリスト教に改宗させる邪悪な異教徒と
誤解されて、建物に石を投げられたりして攻撃されました。

しかし、マザー・テレサは
宗教に関係ない『神』の愛を実践したのです。

看護するその人の宗教、つまり、宗教はその人がよって立つ精神的支柱であり、
それなしには存在しえないもの――を尊重するという気持ちを体現した。

宗教は、日本人には考えられないくらい、個人にとって
大きな存在になっている国が多いのです。

いろんな神がわんさといて、それぞれが喧嘩しないで共存していて、
それぞれを違和感なく取り入れているのが日本ですが、
世界には、宗教間の主義主張が互いに排他的で、牽制しあい、
紛争や対立が絶えない国も少なくないのです。

インドも同様です。
社会構造からして、宗教イコールその人、ならびに
その人が属する社会、人生の生き方みたいなところがあります。

宗教を捨てたら精神的なよりどころがなくなるぐらい、
アイデンティティーと密接に絡み合っていることがあります。

逆に、もし改宗するなどといったら、これは
私たちの感覚でいえば、国籍を変えるぐらいの、おおごとではないでしょうか。

だから、思慮深いマザーは、クリスチャンでありながら、
誰かを看取るときには、その人が安らかに死へ旅立てるよう、
ヒンズー教徒ならヒンズー教の、仏教徒なら仏教の、
その人がもっとも安心できる言葉で、ケアをしたのですね。

がん患者など、余命を宣告された人をケアするホスピスなど、
ターミナル・ケアの現場では、治療・医療だけでなく、
目前に迫った死にたいする恐怖を和らげる何かが必要になることが多いと思います。

心の救いと言うか、魂の行くところを導いてくれるものは、
必ずしも哲学や宗教でなくてもよいと思いますが、今のところは、哲学や宗教が
精神的な助けとして最も妥当なのかもしれません。

何を与えたらその人に心の安寧がもたらされるのか、
どうされたら嬉しいのか、これは、受け手の立場や気持ちになりきって、
感じ取り、イメージできる、客観性と想像力がものを言うと思います。

自分を振りかえると、私は、
今でいうスピリチュアルな体験をいくつかしているので、
死んだら自分がなくなるとか、そういう意味での恐怖はないです。

スピリチュアルな体験はその一部を、『プライベート・アイズ』にも
書いてありますが、受講生さんはこの点にはほとんど注目していないようです。
もちろん、それでよいです。(^^)
スピリチュアル・カウンセラーの江原啓之さんが言う通り、
人生は、スピリチュアルなことだけで全部片づけられない。

ごくごく単純に言っても、人間というものは、
霊(スピリット)と魂(ソウル)と、身体(ボディ)の、
複合的な存在ですから。

スピリチュアルはその複合的な人間の一部です。
複合的な人間がたくさん生きている現世で、スピリチュアルだけでなく、
自分の内面と、目の前の現実に対処するいろんな技術を、
処世術として身につける必要がある。

『プライベート・アイズ』セミナーには、このような、心の健康について
ありとあらゆる知恵がつまっています。

さて、マザーの話しにもどりますが、
身分で差別がある階級社会インドにあって、
マザーは誰にでも「感じる心」があることを知っていました。

捨てられた赤ちゃんを拾って世話しても、じきに息絶える子もいます。
それでも「たとえはかない一瞬でも、人の愛に包まれた瞬間は、
赤ん坊でさえ感じます」と活動を続けました。

こういう記録を眺めていると、
眠りながら成功する―自己暗示と潜在意識の活用
など、潜在意識の成功法則関連の著作を多く上梓されたジョセフ・マーフィー博士が、
「お金は汚くない。貧しさ、貧困こそ、撲滅すべき悪だ」と言ったのもうなずけます。

また、マザーは実行力があり、素晴らしいリーダーシップを発揮した人でした。
カリスマ性があったのですね。カリスマ性というのは、人を従わせる強い影響力のこと。
(ちなみに、日本語のカリスマ美容師とかいう使い方は日本人にしか通じません)

死にかけている人を病院に連れていって拒否されても、そこであきらめない。

「人を動物のように路上で死なせてはいけない。死ぬ時くらい人に愛され
心安らかに目を瞑ってほしい」と強く主張して、ベットを用意させた。

これは、アサーティブネスの参考になりますね。
アサーティブというのは、交渉術だと私は思っています。

さらに、マザー・テレサの生い立ちを知ると、
生育環境や親から引き継いだ、あるいは強化された、
テレサの人生脚本がほの見えてきます。

マザー・テレサ、本名「アグネス・ゴンジャ・ボワジェ」は、
現在のマケドニアの首都スコピエで誕生しました。

アグネスの母親は、夫を亡くしたつましい生活を送りながら、
貧しい人やお年寄りの世話をしていました。

そういう母親の姿を見て育ったテレサは、
自分も貧しい人に奉仕したいという希望をもって、
18歳で実家を離れ、修道女になります。

のちに、インド・カルカッタのロレット会の
女学校校長にまでなった人望厚いテレサですが、
塀のなかで保護された豊かな自分の生き方に疑問を感じはじめます。

母親から届いた手紙には、
「貧しい人に奉仕するため、インドに渡ったという志を忘れないで」
とありました。

テレサ自身の内部でも、奉仕活動への働きかけ、天啓があったようです。

シスター・テレサは、修道院を出てスラムで奉仕したいと
大司教に願い出、「正気か?」と驚かれ、反対され、
二年後にようやく許可を得てスラムの街(貧困層が住む地域)に出たのです。

★スピリチュアル的な感覚で言うなら、
この世は、いろんな人間がいろんな生きかたをして見せる、
珠玉混交の世界。
マザー・テレサは、マザーとなるべくして生まれてきた魂、
奉仕するためにふさわしい環境を選んできたということですね。

★精神分析から派生した交流分析の観点からいえば、
人の生き方、人生全般には、必ずやその背景に、
親の意志や生き方が、色濃く反映されているものです。

ある人は親に反発し、ある人はその通りに生きたとしても、
誕生からずっと与えられてきた影響を無視することはできません。

★あなたがもし生きづらさを感じているのなら、
TA(交流分析)で、ご自分の『人生脚本』を見直してみると、
意外なヒントが見つかるかもしれません。(^^)  

【参考文献 『la:ラ』2005年12月号 新・ヒロインたちの肖像】 
 

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●編集後記 
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精神分析医との面談のエピソードは、次回以降に回します。
体験を消化して楽しく読んでもらうには、エネルギーが必要なので、
もう少し充電して練ってから公開しますね。(^^) 

ではまた。(^-^)ノ~~
 


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