通常の精神分析の欠点は面倒見が悪いこと&摂食障害&母と娘の共依存(77号 2005・11・17)

こんばんは。(^^) ひらいようこです。ご無沙汰です。

先月バタバタしていたこともあって、
メルマガ発行が遅れてすみません。
 

ではさっそく、前回予告していたテーマからまいりましょう。
  

摂食障害(拒食症・過食症)

拒食症・過食症をまとめて摂食障害と呼びます。
摂食障害とは食事を極端に減らしたり、逆に信じられないほど食べ続け、
そんな自分に嫌悪して吐き戻したりする、心因性の病です。

摂食障害は思春期から30代までの女性に多く、しかも、
豊かな先進国にこの現象が見られます。

豊かな国ほど、子供の数は反比例して減ります。

子供の数が減るということは、親が一人一人の子供にたいして、
興味と関心を昔よりもずっと濃密に、長く寄せ続け、
また、長男だけでなく、他の子供にも高等教育を与えることができます。

平均寿命も延びました。
昔なら孫の顔を見る50代には あの世からのお迎えがやってきました。
子供は早く育て上げて一人前になってもらわなければ自分が困りました。
年金制度も昔はなかったのですから。 

寿命も延びて、豊かで元気な親が増え、『先進』国ということで、
社会は複雑になり、その複雑な社会に対応するため、
学歴が重んじられるようになり、学校教育の期間が長くなったため、
子供の側にとっては、良くも悪く?も、
昔よりも、ゆっくりと時間をかけて大人になっていけばよくなったのです。

親元で暮らす時間は、昔とくらべて、はるかに長くなりました。

昔は、『生きる』こと『食べる』こと『生活する』ことだけで、
皆が一所懸命だったと思います。 

現代のように、お金やスィッチひとつでいろんなことが可能になると、
地面の上で空気を吸い、自然から食べ物を得て「生きている」という、
ナマの実感は薄れてきます。食べ物が豊富にあふれて手間いらずでなんでもできる
分、単純で大切な、何かを見失いやすいのではないでしょうか? 
 

青少年期のアイデンティティ・クライシス

★ 日本にはこれといった通過儀礼がないことも、思春期の若者の
アイデンティティ・クライシスを招きやすい原因のかもしれません。

アイデンティティ・クライシスというのは、ごく簡単に言うと、
大人として完成されるまでの青少年の自我は不安定で、つかみどころがなく、
揺れ動き、もろい部分があるということです。

★ 通過儀礼は、それを終えた若者の精神の安定に貢献するようです。
通過儀礼のひとつに、バンジージャンプがあります。
これは、ジャングルの民の風習で、一定の年齢に達した若者が、
ひとりの大人として認められるための儀式でした。(^^) 

試練をくぐり抜けたところで、一人前の社会人として迎えられるのです。


摂食障害は心の病気なのです

さて、メルマガ読者さんから、摂食障害について質問いただきました。 

はるさんからのメール ここから 
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いつも、楽しみにして読んでいます。
貴方の考えにハッとさせられ、そういうものかと感心しています。

つまらない質問ですが、この間テレビで何となく
耳にした事が気になっています。

世界に、5年も6年も何も食べないで生きている人が大勢いるとのこと。

もちろんダイエットのためです。
水もそんなに飲まずにいるのに、栄養失調になって、骨と皮に痩せて
おなかばかり出ているわけではなく、健康で生き生きしているのです。

便も1週間に1度くらいしか出ないようです。
人間の身体は何も食べないと身体の中で
必要な栄養を勝手に作っていくらしいのですが・・・・・・?
お腹もすかないとの事ですが・・・・・?

質問です。
こういう人たちは、拒食症・過食症にはならないのでしょうか?

 はる

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はるさんからのメール ここまで 


その番組を見ていないので何とも言えませんが、
お通じがあるということは、食事らしい食事ではないにしても、
何かを少しは口にしている証拠ではないでしょうか?

日本でも、夏みかんだけで生きている高齢の男性の方とか、
青汁を飲むだけで健康に生きている主婦の方がいるようです。 

青汁婦人のほうも、きっかけはダイエットだったそうですが、
番組でこの方の腸内細菌を研究所にもちこんで調べてもらった結果、
この青汁婦人は、普通の人間にない腸内細菌までもっていて、
なんと、その腸内細菌の種類や割合は、人間よりも
草食動物のそれに近かったそうです。 

見た目はごく普通の人なんですけどね。

こういう方は、食べ物から栄養を摂取する量や種類が通常よりも
少なくてすむ、一種の特異体質なのでしょう。
からだが要求する食べ物の絶対量が例外的に少ないわけです。 


摂食障害の心理

拒食症・過食症をまとめて摂食障害と呼びますが、
摂食障害の場合は、たんにダイエットだけの問題ではなく、
さきほど申したように、心の病気の範疇にはいります。

でも、食べ物を極端に制限したり、食べ過ぎたあと全部戻したりするので、
身体の健康を害してしまいます。ひどいときには、生命にもかかわります。

フロイトの流れをくむ精神分析医カール・A・メニンガー博士が、
『おのれに背くもの』のなかで、自分を傷つける行為を
『緩慢な自殺』と呼びましたが、その解釈でいくと、摂食障害も
緩慢な自殺の一つにはいることでしょう。 

拒食症の女性は、大人になるのをなるべく遅らせようとして、
食べ物を口にしなくなります。 

自分の母親を これから自分が後を追ってなぞっていくモデル、
一つの将来の自分の女性像、イメージとして好ましく思えないために、
成熟した女性になることを拒絶しているのです。

女性性というものを嫌悪していて、自分の身体が丸みを帯びて
女性らしく魅力的になっていくことを拒否したくて、
ハンガーストライキをしているのです。

※ 大人になりたくないとか、やせているのに憧れてはじめる
拒食に失敗し、過食に走る例もあるようです。
 

過食症の女性は、満たされない想いを食べ物で紛らわせようとします。 
文字通り、愛情に飢えているのです。

平井は日本の高度成長期に青春時代を送ったこともあり、
摂食障害はありませんでした。しかし……リストカット
ほどではありませんが、自分を傷つけたいという衝動を吹っ切ることは
なかなかできませんでした。

実際に自傷行動には移したことはありませんが、心の虚しさから、
身体を傷つけたくなる気持ちはよくわかります。 

心の病というのは、うつも神経症(不安障害・ノイローゼ)もそうですが、
内面的葛藤、自己嫌悪、虚無感、罪悪感など、
いろんなものが複雑に絡み合っています。

はるさんがおっしゃるような、ダイエットで食べたいものを我慢する人と、
少ししか食べなくても生きて行ける人は、心が健康なのです。 

食べ物を口にしないことで自分の成長を拒み、罰している人や、
内面に底無し沼を抱えるために、過度の飲食をして吐き戻す人は、
本当の自分を見失い、迷い、悩める人なのです。

「過食症は無理なダイエットの失敗がきっかけ」というお医者様も
いらっしゃいますが、私は、そもそも、無理なダイエットに挑戦する
その動機からして問題があるとみます。

摂食障害の人は、
(太っている自分はみっともない、醜い、愛されない、価値がない)
そういうふうに思いこみ、外見を変えれば愛されると考えていたり、
あるいは、自分の身体をいじめたり、体重をコントロールすることで、
漠然とした、家庭のなかの不安や心細さに対抗したり、
この社会のなかにうまく位置づけることができない自己を必死に守り、
何かを主張しようとして、ギリギリのところで、
体を張っているような気がしてならないのです。
 

母と娘の確執

●母親のエゴに抵抗する娘の意志を、世間は確執とか親子喧嘩とか呼ぶ哀しさ。
 

前号で予告した、おもしろい一冊はコレです!

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『だから母と娘はむずかしい』http://tinyurl.com/b2pro
フランスの精神分析学者 キャロリーヌ・エリアシェフと、
同じくフランスの社会学者 ナタリー・エニックの共著、夏目幸子訳 
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白水社から今年の夏に出た本です。 

少し理論的なのですが、現実の社会現象を、小説や映画、劇などの
フィクションを通じて解明していて、知的好奇心を満たしてくれます。 

たとえとして、イザベル・ユペール主演の映画『ピアニスト』や、
言葉の不自由な女性ピアニストとその幼い娘が印象的な
『ピアノ・レッスン』など、メジャーな作品を例にあげて、
母親と娘の過ぎた蜜月を、病理として説明してくれます。

この本のなかには、自分の娘を<濫用>し、生気を吸い取る母親が
当たり前に登場します。

深刻な内容なのに、なぜか軽く読めるのは、
娘の立場から、困った母親の言動の数々をあっけらかんと
描いているせいでしょうか。
 

母と娘の精神的な近親相姦

この本を読んでいると、笑えます。

(あっ、ここにも、私の、どうしようもなくワガママで、独善的で、
それでも娘としては愛してやまないママ、とよく似ている女性がいた!
地球は狭いというか、人間って同じ生き物なんだなぁ……)って感じです。

どういう母親かというと、
娘を自分の支配下から一生逃すまいと、批判を繰り返したり、
罪悪感をもたせたり、娘が独身のときはもちろん、結婚しても、出産しても、
その体験を、娘がしていることとしてみることができない。

娘の人生を娘のものとして見守ることができず、
娘を通して、その喜びや興奮を、自分が享受して味わおうとする母親です。

―― 言っている意味、わかりますか?(;^_^A 実感としてわからない人は、
このことを知らないぶんだけ、幸せです。

また、困った母親は、娘にたいして、いつまでも指示・教育しようとします。
いわく、「私は(あなたの)母親よ。人生の先輩なんだから、
娘(のあなた)なんかより、何でも正確にすべてを知り尽くしているのよ」
「私の言うことを聞いていれば問題はないのよ」と言い張って、
時代錯誤のことでも正当化しようと頑張り、受け入れられないと
ごねたりすねたり、親の言うことをきかないなんて、
世も末だと嘆いてみせたりする、まるで幼児のような精神年齢の持ち主です。

その精神構造は、子供のもつ、全能感と同じです。

幼児は、大人相手に、カッコイイ、おいしい役をさらっていきます。
ウルトラマンなどの、素晴らしいヒーローになりきり、
大人、つまり、親にたいしては、悪役や怪獣になって、
「やられた〜、参りました〜」と倒れたり、降参したりすることを要求するものです。
相手は自分の引き立て役としてつきあって当然と思っています。

でも、こういうことを、子供のときに親から一度もしてもらえなかった人は、
自分が人の親になってから、自分の子供にたいして、親である自分が、
子供よりも子供になってしまい、小さな子供のほうが、
親である自分を喜ばせてくれて当然と思ってしまうのです。

そういう親の心根というものは、年を取って幼児返りしたりのではなく、
妊娠したり、子供が誕生したときにはすでに、その気持ちだったのです。

(この子は自分のモノ! 私が好きにできるモノ!)

だから、娘が思春期になったりしたぐらいで、
親元から離れていくのは理解できないのです。

情緒的に未熟な母親は、娘は、親の自分の<接待>をして、
ご機嫌を取ることを、当然の務めだと思っているのです。。。。

この『だから母と娘はむずかしい』の訳者の夏目幸子さんは、
著者の二人にたいして、日本のフィクションについても分析を頼み、
コメントをもらって巻末に掲載していますが、これがまたおもしろい。 

太宰治の『斜陽』(1947年)と 小津安二郎監督の映画『秋日和』(1960年)を
とりあげているのですが、それぞれに父親不在の、母と娘の蜜月関係が描かれていて、
驚きです。現在の一卵性親子に通じるものが大ありです。

エリアシェフ先生は
「今回、『斜陽』を母と娘の観点から読んでみて感じたのは、
 母娘関係の普遍性である」とコメント。エニック先生もこの意見に賛成。

つまり、国が違っても、母と娘の関係の根っこの部分は共通しているということです。

夏目先生は、母親と<精神的な近親相姦>状態にある娘たちに
向かって、こんなふうにエールを送っています。
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父と母のカップルを見て育った娘は、自分も大人になって男性とカップルを形
成し、子供を産んで<母>となることができる。逆に、夫とカップルをなすこと
に失敗した母親が、娘を取り込んで<プラトニックな近親相姦>的カップルをな
すと、障害が生まれる。(中略)摂食障害はこの「死」が目に見える形を取っ
たにすぎない。母親を振り切らなければ、娘に「生」はない。今日、娘にはよ
り強い意志が必要とされている。
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子供は自立して自分の人生を生きたい、でも、子供を、
生きるためのよりどころ、杖(!)にしている親にとって、子供が親を離れて、
自分なりの人生を創造していくことなんて、想像だにできません。

我執の強い親にとって、子供が自分のための人生を贈ることは罪。
親不孝な行いであり、なんとしても妨害しなければならないのです。

この場合、娘が生きるためにしなければいけないのは、
自分を苦しめる母親から遠ざかることです。

娘の側では、親の期待に添えない ―― 母親の自己愛の供給源(ナルシスト的な愛情を
満足させるための道具) のままでは苦しくて生きていることができない―― 
ことにたいして、深く大きな罪悪感をもつかもしれませんが、
それをきれいに払拭してしまうことです。

これまで子供は、大人に対して、とても不利な状況に置かれてきました。
昔から最近まで、子供にたいして母親は無私の愛情を注ぐものだという、
鉄のような<常識>の暗幕が、真実を覆い隠していました。

でもこのごろ「母性は本能ではなく、内面的な心理や体験的な<学習>に
左右されるのではないか」と疑問が投げかけられるようになってきました。

たとえば、自己陶酔型のナルシストの女性は、自分が生んだ娘の若さに
嫉妬し、自分の女性としての価値が脅かされたように感じたりします。
『白雪姫』の魔女は、原話では実母でした。

私の母親も、私が娘盛り?だったときは、特に目の敵にして、
容姿をボロクソにけなしました。(;^_^A 

また、私の身体をすでに穢(けが)れきったものとして扱いました。

私のツヤツヤした長い髪の毛が、たったいっぽん、畳に落ちていたのを見て、
あたかも大便でも差し出されたかのように「きゃ〜っ、汚い〜ッ!」と
1メートルぐらい、さっと後ろに飛びのいたものです。

「髪は、女性の命だから」と母は言いましたが、同時に、「女の髪の毛は、
男の体毛よりも、ものすごく汚いものなんだよ」と教えてくれました。
(じゃあ、私は、そのものすごく汚いものをたくさん、自分の頭に
はやしているんだ……でもまさか剃るわけにもいかないし……)
子供だった私はそう思いました。(>_<)  

友だちがサラサラの髪だねとほめてくれても、嬉しくもなく、母親でさえ
汚いと嫌う髪を羨ましがるなんて、気持ちがわかりませんでした。

母は、私が自分を魅力的だと思うことがないよう念入りに教育したのです。
女性として、人として、自信をなくして、自分が大嫌いになるようにと。

なので私は、世の中には自分の娘を可愛いとかきれいと褒める母親も
いるだなんて、長いこと知りませんでした。 

                  
ある女性誌の読者投稿のなかに「母親にしかきれいと言われたことがない私。
就職の面接でそこの社長からキレイと褒められて舞い上がり……」とあるのを
読んでビックリしたものです。
他の人が褒めない容姿でも、母親だけは可愛いと褒めてくれるの?!
そうやって育てられて、そのことになんの疑いもないのね?!と。

でも、大半の読者さんにとっては、
自分の子供を精神的に痛めつけることを当たり前のこととしている
親がいることのほうが理解できないと思いますが……。(^^;;;

私の母は、ごく普通の主婦でした。私にたいしていろんな変なこと
をやっていても、外にそれがバレることは一度もありませんでした。

―― 子供を抑圧したり、虐待する人間だって、対外的にはまともです。
てか、ひとめ見て、(この人変だ)と思うような人間なんて、あまり
いません。(;^_^A 

家庭は密室です。親は自分の子供だから、自分のモノだから、
好きなようにしようと思えばできるのです。他人にたいしてそのエゴを
出すなんて愚かな真似はしません。

母や父の異常な言動のおかげで、子供のときから精神的に追い詰められ
遺棄(放置)されていた私は、不安や孤独感や心細さ、怒りや哀しみ、
虚しさ、絶望感などをたっぷりと味わい、自律神経失調症や、心身症、
うつ、神経症(不安障害・ノイローゼ)まで、貴重な体験をさせていただきました。 

明るい性格だった自分が、神経症(不安障害・ノイローゼ)にまでなってしまい、
原因を知ろうと身をもって精神分析を実験しつつ勉強したからこそ、
心の病は、とくに、心身症とかうつや神経症(不安障害・ノイローゼ)のレベルでは、
脳の機能の異常とか、先天的なものなどではなくて、
環境など後天的な要素が大きいものだと理解することができました。
自分のなかにあった精神疾患への偏見と差別にも気がつきました。

だからこそ、心の健康に取りもどし、神経症(不安障害・ノイローゼ)さえ治してしまった
独自のスキルをマニュアルとして完成できたし、
精神分析で自分の子供時代を思い出して、子供が自分だけではなかなか
うまく言葉して解決できない気持ちも、よくよく理解できました。 

自分の体験から、愛情の欠乏が、その人の人生にどう悪影響を及ぼすのか、
そこから抜け出すために、何をどうすればよいのか、具体的で実践的な
知識と智慧を、『プライベート・アイズ』として提供できるようになった、
というわけです。

物事には良い面と悪い面があるといわれますが、病んだ家庭に育つことも、
けっして悪い面だけではないってコトです♪ (^_-)?☆

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伝統的精神分析の欠点と『プライベート・アイズ』の違い

『プライベート・アイズ』は、精神分析をベースにしていますが、
現代に伝わっているフロイトの理論には、いろいろと欠点もあります。
それは私も、フロイト理論を勉強していたときに感じていました。

ひとつは、『ものぐさ精神分析』http://tinyurl.com/c3h5k 
の岸田秀先生がおっしゃるように、
「精神分析は、神経症(不安障害・ノイローゼ)が治ったあとの面倒までみない」ということ。

神経症(不安障害・ノイローゼ)はつらいけれども、
いざ神経症(不安障害・ノイローゼ)が癒えることも、また別な意味でのリスクがあります。
神経症(不安障害・ノイローゼ)をなくすことだけを目的にした治療では、
厳しさのなかに置き去りにされたような状態になることがあるのです。

本当の治療とは、ただ病気をなくすだけにとどまらず、
病気から解放されて、それでいて他の別な症状が出ることもなく、
病気になる前よりもさらに精神的にラクに楽しくなるのが、本当の治療だと思うのです。

つまり、病気に焦点を絞るのではなく、患者さんご本人に焦点を当ててあげることです。 

『プライベート・アイズ』では、この、どうしようもないジレンマというか、
精神分析の欠点を克服しています。
トラウマを知っても、精神的な危機に見舞われることがないよう、
特別な工夫をしています。それが何かは企業秘密なので言えませんが、
受講生の方々がご自分のほんとうの姿を発見しても、ショックで落ち込まずに、
それがそのまま次のステップ、心の癒しへとつながっています。

もうひとつの精神分析の欠点は、幼児性欲論です。

以前テーマにしたスイスの有名な精神分析医のアリス・ミラーや、
『だから母と娘はむずかしい』http://tinyurl.com/b2pro の著者が
欠点を指摘しているように、今日に伝わる精神分析の理論では、
神経症(不安障害・ノイローゼ)患者が語る心的外傷(トラウマ)体験、つらい記憶というのは、
子供が自分の願望をかたる嘘にすぎない(非があるのは子供のほう)
と決めつけています。

「患者の語る心的外傷(トラウマ)は、判断力のない無知な子供が、
大人にたいして憧れ、恋い焦がれ、性的な結びつきが欲しいと夢想した、
架空の産物であり、間違った思いこみに過ぎない」というのです。

でも、この『親の虐待は、全部子供の思いこみ』説は、
フロイトが世間の冷たい拒絶にあって、あとから書きなおしたものです。

最初、フロイトは、神経症(不安障害・ノイローゼ)患者が、子供時代、親や
年長のきょうだいから性的な虐待を受けていたことを話すのを聞き、受けとめました。
患者は症状が消えました。

それをそのまま発表したら、世間はいっせいに、
「親が子供を性的な慰み物にするなんて絶対にありえない!」と
激しく猛烈に拒絶したのです。
(今日では、最初の説のほうが見直されています)

フロイトは、世間に受け入れるために、『幼児性欲』という説をこしらえました。
かいつまんで言えば、「子供時代に親とセックスさせられたというのは、
それは子供のほうがそれを望んだのだ。そして叶えられなかった夢なのだ。
子供時代に親から乱暴されたというのは、判断力がない無知で馬鹿な子供の願望、
夢にすぎず、夢を現実と錯覚して記憶しているだけだ」みたいな……、
日本語の単語に当てはめれば、「狂言」だということにしてしまったわけです。

この修正によって、精神分析理論は世間に受け入れられました。が、
かつての子供の苦しみは、この理論によって抹殺されることになりました。

「子供は欠点だらけだけれども、大人はそれとは逆で、いつでも賢く、間違わない」
「親という親は、子供に対して人格的に立派で、親の側に非はない」
「親という立場は、特別で、無条件に尊重されるべき」

これが当時ドイツ語圏で、いえ、今でもまだ場所によっては健在で
しっかと生き残っている神話です。

親は子供に対して過去から未来にいたるまで、優位を保ち、
過去の子育てにたいしても、批判の矢を向けられるようなことが
あってはならなかったのです。

でも平井は、精神分析を知った当時から、この幼児性欲理論は
ナンセンスだと思いました。

もし精神分析の専門家だったなら、この幼児性欲理論に忠実でいるほうが、
保身その他のためにはよいのですが、平井にとっての精神分析の価値は、
自分自身が治ることが最優先でした。

私が精神分析の参考にしたドキュメント『血と言葉』のなかの
精神分析医の先生も、幼児性欲理論にはこだわっていませんでした。

『血と言葉』に出てくる先生は、ヒロインの幻視の原因が、父親のちょっとした
悪ふざけにあったのを発見したときも、ヒロインの記憶の再生を
否定するようなことは一つも言わなかったし、むしろヒロインの
心の動きをそのまま肯定してあげていました。

私も、自分の不安神経症を治療したとき、
「フロイトの精神分析の神髄は、一方的に大人の味方だけをして
子供に全部責任を追わせるような幼児性欲理論でなく、治療の精神は、
患者の内面を支えることにあるはずだ」と考えて、そこから
効率的な精神分析を模索しながら構築していきました。

ですから、『プライベート・アイズ』は、フロイトの精神分析の長所は
そのままに、短所は改良して、もっとよりよいものに直してあるのです。

プラアイを手にされ、実践された方からは、
いつも、嬉しい報告をいただきます。     

今回は、受講生さんのFさんです。Fさんは、プラアイを手にする前に、
いろんなことをしても結果が出なかったので、テキストを読んだ後も、
プラアイの実践にたいして、迷いがあったようです。 

いろいろ逡巡されていたらしく、図書館では
「精神分析は医師によって悪用されることがあるし、
トラウマは一つではないので精神分析は効果がない」という内容の、
極端な精神分析批判の本が目についたりして、
(プラアイは一般的な精神分析とは違うし、自分でやるから大丈夫)
と頭では理解しつつも、あとひとつのところで、動けなかったようです。

でも、平井からメールで後押しをされて、
本腰を入れて取りくんでみますとお返事下さいました。  

それから、わずか二週間後のことです。
Fさんから、その後の進捗状況のメールが届いたのですが、
その最後には、こんな文章が……。

……………………………………………………………………………………………

P.S.
久しぶりに会った(それもほんの少しの時間)知人が私のことを
「何か違ったよ、前向きだった。あれがほんとの彼女だと思う!」
と言っていたと聞きました。

初めは素直にとる事ができなくて、(気のせいだ!)とか、会っているとき
気を遣っていたし、、、とか、思いました。

でも、考えてみると、私はこれまで、不安のために無意識にそうやって
他人からの評価も否定して自分を傷つけてきたのだと知りました。

これに気づけたのもプラアイのお陰、平井さんのお陰です。
そして、私が少しずつ変化してきている事は事実です。。。
ありがとうございます。
……………………………………………………………………………………………
Fさんからのメールここまで 


なんて素晴らしい変化なんでしょう!(*^▽^*)

その知人の方も、心の温かい方ですね。 

Fさんのことを長い間見てきて、内心、(もっとFさんらしい
生き方があるのに)と願っていらっしゃったのかもしれませんね。

自分の変化って、こんなふうに、他人から指摘されて気がつくことも、
意外と多いものです。

Fさん、これはとても大きな一歩ですよ。
この歩みを止めないで進んでいって下さいネ。
焦ることも、急ぐこともありません。

この感じで、プラアイのテキストを参考に、ご自分に向き合うことを
続けていけばよいのですから。

応援していますよ。(^^)  


……………………………………………………………………………………………

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……………………………………………………………………………………………
●お知らせ・次回予告
……………………………………………………………………………………………

■次号では、心の不安が身体に出る症状のひとつ、書痙について
取り上げたいと思います。

とくに大きなトラウマや、親から暴言を浴びて批判されたこともない人が、
なぜ心身症や、対人恐怖症になるのか、その心理について書く予定。

■今回掲載できなかった、精神分析を治療に使う医師の態度について、
『"It"(それ)と呼ばれた子』の例から悪い例を、精神分析の始祖
フロイトの臨床例からよい例を、それぞれあげて何が違うかを解説します。


------------------------------------------------------------

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以上、前もってご承知おきくださいませ。 

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発行者 グリーニング・ランド 平井 瑛子(ひらい・ようこ)
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最後まで読んでくださってありがとうございました。

ここ数日、気温がぐっと下がりました。空気が乾燥しています。
お風邪など召しませんようご自愛ください。

ではまたここでお会いしましょう。(^-^)ノ~~

                    ひらいようこ・より

。.∴☆・・。.∴☆・・。.∴☆・・。.∴☆・・。.∴☆・・。.∴☆・・。.∴☆・


<前>『"It"(それ)と呼ばれた子』虐待の影響が人生に影を落とすとき(76号 2005・10・14)
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