虐待を受けた子供やアダルト・チルドレンの心理、児童虐待トラウマ小説『土の中の子供』(75号 2005.9.9)

お久しぶりです。
一ヶ月ぶりの発行になってしまいましたが、お元気ですか?

では今日も『"It"(それ)と呼ばれた子』から、いってみましょう。

二作目について取り上げると予告していましたが、
予定を変更して、一作目についてもう少し触れたいと思います。  
 

親から虐待された子は、親にたいして複雑な感情をもつ

●『"It"(それ)と呼ばれた子 幼年期』デイヴ・ペルザー著 田栗美奈子訳

前号では デイビッドがどんな虐待を受けていたかについて書きました。

デイビッドは 頭が良い、機転がきく子でした。そのいっぽうで、
遊んだりするときの声が大きく 叱られやすいドジな一面もありました。 

彼が、九歳で救出されるまで生き延びることができたのは、
母親から残虐な目にあわされながらも、なんとか受けるダメージを少なくしようと
知恵を働かせて頑張ったことや、苦しめられた後は、かならずといっていいほど、
みじめな現況を克服したスーパーマンのような強い自分を想像していたことが
大きいと思います。

それにしても、ディビットは、多くの被虐待児にみられるような、
自分はダメな人間だという感覚や、自責の念がないのが、不思議といえば不思議です。
むろん、救出されてから出会った人に恵まれたという幸運があったにせよ、
凄惨な虐待を受け続けたわりには、心がひどく病んでいない。 

その理由を考えてみたのですが、彼が精神的に病まないですんだのは、
おそらくこのためだったろうと推測されることがありました。

それは デイビッドが、自分を虐待する母親にたいして、アンビバレント
(矛盾した、相克的)な感情を ほとんどもっていなかった、ということです。
もっと簡単に言えば、自分を苦しめる母親を「魔女」であり、悪玉で、
「愛情あふれる優しい母親」とハッキリ線引きし、区別できていた、ということです。

多くの場合、親による虐待はごく小さい頃からはじまることが多いので、
自分を世話してくれる母親と、自分に苦痛を与える母親がまったく同一人物です。
それでなおさら子供は混乱するのです。
はっきりとした憎しみをもつことができないのです。 

平井は、現実には(叩かれるのは自分が悪いから)と信じている被虐待児のほうが、
割合としてはかなり多く、このことが虐待の根を深くし、連鎖につながっていると考
えています。  

ですから、この本は、――ここで三部作の総括を書いてしまうつもりはなかったので
すが^^;―― 

『”It”(それ)と呼ばれた子』に書いてあるのは、「児童虐待の深刻さ・虐待を生き延
びた子の強さと成長・手を差し伸べた人の心の温かさ・親子(父と息子)の絆」で
あって、被虐待児が社会に適応するまでの希有な著作ではありますが、多くの虐待さ
れて育った人間が抱える複雑な精神問題の解決法を示すものではないようです。

デイビッドの母親は、何がきっかけだったのかは不明ですが、
あるときを境に突然人格が変わってしまいました。
以前はとても優しく愛情深く、子供の誕生日パーティーでも何でも
家事を楽しんでやる理想的な母親でした。 
そのため、ディビットの内面には、優しい母親のイメージが
しっかりと根付いたのです。
そのため、「僕を苦しめるあいつはママではない!」と、
残酷な鬼になってしまった目の前の母親を、きっぱり否定することができた。

「あいつは魔女だ、やっつけてやる!」と反抗心で
歯を食いしばって耐えていたのです。

しかし、虐待される子供は、デイビッドのように考えることはまれです。

たいていの被虐待児(のちにアダルト・チルドレン)は、デイビッドと違って、乳児期・
幼児期からずっと虐待を受け続けており、親を憎みきることができません。
そして、親を憎んでいる自分を罪深く感じ、責め苛む場合が多い。

ディビットのような健全な自己愛をもっていて、自分を苦しめる親を敵だとみなし、
親から自分を守ろうと行動したり考えたりすることができる子供はまれです。

被虐待児には、親を憎みきったり否定することが難しく、
成長してもそのために苦しんでいるのです。

それは、アリス・ミラー博士のいう
『(助けてくれたり、助けられないまでも気持ちに共感してくれる)証人』
に恵まれなかった人の自然なのです。

デイビッドは自分を苦しめた親を憎み、縁を絶とうとすることができましたが、
自分を虐待をした親を慕い、かばおうとする子供も、少なくありません。
(しかし、親への憎しみを持っていないという意味ではありません)
 

アダルト・チルドレンが親に期待すること

アダルト・チルドレンの多くは、自分を支配し拘束し苦しみを与える親にたいして、
いつか必ず、自分が満足できるほどの愛情を惜しみなく与えてくれるのではないか、
自分が何かよいことをしたり、変われば愛されるのではないかという幻想を
手放すことができないでいるのです。
しかし、加藤諦三先生が著書でおっしゃっているように、愛するということは、
能力です。子供をそのまま愛せない人間は子供がどんなに努力しようと、応えません。
どんなことがあっても、承認や愛情を与えることだけはするまいと
固く決意してでもいるかのように……。

親から支えてもらえなかったアダルト・チルドレンは、
高等教育を受けても、社会人になっても、成人しても、結婚しても、それだけでは、
心の傷が癒えるわけではありません。
結婚しても子供が生まれても、親の支配下にある人もいます。
自分の苦しみをうまく自覚できず、内面に深刻な問題を抱えていることが多いのです。
 

児童虐待の問題

虐待された子の抱える問題はとても複雑で深刻です。

●子供を虐待さずにはいられない親の心のなかにある傷が放置されていること
――子供ができた、生まれた、ということ、たったそれだけで、世間からは、
「○児の父」とか「○児の母」であると、急に無条件に高く評価・承認されます。
人間も動物ですから、自分たちの子孫が増えるのが
単純に嬉しいのではないかと思います……。^^;

●被虐待児の、自信を喪失し、親への愛に飢え、抑圧した激しい憎しみを押しこめて
いる複雑な、葛藤を抱えた内面心理を理解してくれる人間が少ないこと。

●虐待を受けた人間が成長していくなかで、内面に抱えている問題が放置され続け
(心の傷は、身体の傷と違って外から見えないので)、適切な対応が取られないことに
よって引き起こされる、さまざまな現実生活への不適応、

そして、
●解決されないままに放置されたトラウマが、長じて自分の子供をもったときに
鮮やかに蘇る(よみがえる)こと。
親と子の関係になったとき、かつての親の役割を担うはめになることが少なくない。
長いこと抑圧してきたものが、自分の子を虐待する引き金となる→(虐待の連鎖)

などです。

子供というものは、本来は、自分の親を客観的に判定したり裁いたりなど、できない
生き物です。ぶたれたり罵られたりされても、自分を叩いたり殴ったりする親を、そ
れでも必死に愛し、恋い焦がれ、後を追い、慕うものです。

年齢が低いほど、子供は親を必要とします。精神科医の斎藤学先生が「虐待する親か
ら子供を引き離そうとすると、子供が必死に泣き叫び、抵抗し、まるでこちらが悪者
のようになってしまう」とおっしゃるゆえんです。

親から愛情を与えられなければ、なおさら、それを求める気持ちがさらに高じるので
す。幼い子供にとって、親の関心・愛情=子供自身が生きるためのすべて、だからで
す。 

しかし、デイビッドは、これだけ自尊心を完膚無きまでに傷つけられ続けていながら、
被虐待児が感じがちな罪悪感、「苦しめられるのは自分が悪いから」と思うことなく、
真っ正面から、母親を、「あれはママじゃない、悪い魔女だ」と考えて憎むことができたのか、
健全な自己愛を失わず、母親から自分を守ろうと
(少なくとも致命的なことにはならないようにと)知恵を働かせることができたのか、
私はこの点が、もっとも知りたいところでした。

デイビッドには、その、親に拒絶されればされるほど強くなる、愛と承認を求める感
情が、ないとは言えないまでも、かなり低かった。それは、デイビッドが特別に自立
心が強く大人びた子供だったからではないのです。 

なぜ、デイビッドは他の多くの被虐待児と違って、母親をはっきりと憎むことができ
たか、についてですが、憎みきることができるのは、愛着をもっていないからです。
普通の子供はそうはいきません。成長して、大人になって、憎みながらも離れられな
い、ということもありえます。

デイビッドがなぜ母親にたいして愛着を求めないでいられたか、その理由はいくつか
ありますが、なかでも大きな要因はデイビッドと父親との関係にありました。

〜続く〜
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★デイビッド・ペルザー氏、きょうだいの覚え書き

長男ロン・次男デイビッド・三男スタン・四男ラッセル、五男(末っ子)ケヴィン。

★参考文献

『”It”(それ)と呼ばれた子 幼年期』
http://tinyurl.com/9krdt

『”It”(それ)と呼ばれた子 少年期 ロストボーイ』
http://tinyurl.com/9smv8

『”It”(それ)と呼ばれた子 完結編 さよなら”It”』
http://tinyurl.com/dmhc2

以上、デイヴ・ペルザー著  田栗美奈子訳

『”It”(それ)と呼ばれた子 幼年期 コミック版』
http://tinyurl.com/c3th5

『ペルザー家 虐待の連鎖』リチャード・ペルザー著 佐竹史子訳
http://tinyurl.com/d7c3v

★★★ところで、再三、念を押しておきます。(;^_^A

児童虐待・幼児虐待を読むときに、間違った読み方というのがあります。
それは、
「世のなかには、こんなにたいへんな人がいるんだから、
  私(俺)の苦しさなんて、たいしたことない」
と、我が身の環境のつらさを軽く見積もってしまうことです。

待ってください。
結論を急がないでください。  (;^_^A 

受けた虐待だけで比較できるほど、人生は単純ではないのですから。
それに、くらべるならば、健全な環境とくらべるべきなのです。

健全な環境で生きる権利は、誰にでもあるのですから。(^^) 
 

 

文学と児童虐待『土の中の子供』

●虐待は、今流行りのテーマのひとつに過ぎない?

平井は、小説はほとんど読まないのですが、それでも人間の精神を探究しようとする
試みである文学には興味があります。

新聞広告で、今回の芥川龍之介賞作が「土の中の子供」……虐待をテーマにした小説
だというのを知り、さっそく読んでみました。ひょっとして……?と、すごく期待を
しました。

でも……、実際に虐待されたことも、それを見たこともない先生方(世間一般の方々
も同様ですが)が、虐待について表面的なイメージだけをもっていて、それで選ぶも
のだからそうなってしまうのでしょうか?
この短編には、虐待の行為そのものだけ
が書かれていて、受ける側の痛みや恐怖や苦悩は見当たりません。(;^_^A

この作品についての村上龍氏の選評が印象的でした。(著作権との兼ね合いもあり、
短く抜粋します)
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選評 村上龍
(前略)虐待を受けた人の現実をリアルに描くのは簡単ではない。虐待を受けた人
は、大手メディアのニュースやワイドショーとは別の文脈で生きなくてはいけないか
らだ。彼らは多様で複雑なコミュニケーション不全に陥っていて、他人との対応、現
実との反応、自分への評価などに、微妙で切実で制御不能なストレスと不具合を併せ
持っている。他人には理解しがたいものであり、本人も理解できていない場合も多
い。そういった人を主人公にして一人称で小説を書くのは、読者との距離感を意図的
に崩した緻密で実験的な文体が必要になるが、誠実な小説家は、そんなことは不可能
だと思わなければならない。
 中村文則氏の『土の中の子供』は、そういう文学的な「畏れ」と「困難さ」を無視
して書かれている。深刻さを単になぞったもので、痛みも怖さもない。(後略)
     以上、文藝春秋 2005年9月号より
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村上龍氏は、かなり的確なことをおっしゃっていると思います。

虐待された側の心理を、虐待された人間の内側から、虐待を知らない人間にわかるよ
うに、小説形式で伝えるためには、「体験したことがない他人には、とうてい理解で
きないことを、体験したかのように理解させるための周到なしかけと言葉」が必要に
なり、これをかなえる文章を紡ぎ出していくのは、困難を極めます。 

プラアイを立ち上げるときに、平井が困難を承知で、なし遂げようと意図したのもこ
こでした。「読者との距離感を意図的に崩した緻密で実験的な文体」に、プラアイの
なかで、平井は果敢に?^^!挑戦し続けたわけなのです。 

この講座の文章の中に、虐待や機能不全家庭について、
全体的・包括的・俯瞰的な認識や視点を、もし私から提供することができたら、
それはひょっとして、購読者さんに勇気を与え、素晴らしい変化をもたらすのでは?
そして、読むことで癒されていくようにという願いをこめて、
精神分析や心理療法や自己啓発を実行するための細かな指導も忘れないよう
作成していけば、それが治療となりえるのではないか?

私がすべてをつたえきるには、半年という月日と、
単行本で5冊分もの文章量が必要でした。

だから、この小説の広告文を見た瞬間、ビックリしたのです。
そんな、不可能を可能にした、たぶん世界初の、スゴイ短編小説が書かれて、
しかも、虐待そのものについて、まだまだ理解が浅いこの時代に、
芥川賞を受賞するほどの完成度が高い小説として仕上がっていたのか!と! 

しかし、「土の中の子供」は、「ハッピーバースデー」という小説と同じ。
期待外れでした。
(虐待される気持ちって、たぶんこんなもんだろうな?)というイメージや、
想像から書きはじめられて、その域をでていませんでした。

しかし、村上龍さんも変わりましたね。
村上さんといえば、こういう考えから最も遠い方だと思っていました。
もう何年も前ですが、村上さんは心の傷を抱える人間にたいして
痛烈な批判を浴びせていたのを覚えています。

「だいだい、今の世の中、私は傷ついている、心の傷がある、
(トラウマという言葉はまだ使われていない頃でした)
って、言い過ぎなんだ! 
傷は見せびらかすようなもんじゃない。
自分の傷を誇示して甘え過ぎている人間が多すぎる!」
というようなことをおっしゃっていたのです。
だから、平井の頭のなかには、村上龍=虐待について理解しようとしない、
幸せな?人間とインプットされていました。(;^_^A

村上龍さんが、1978年に発表し、群像新人賞、芥川賞を受賞した
『限りなく透明に近いブルー』のなかでは、電車のなかでの強姦を、
主人公が間接的に手助けする描写があって、嫌悪感をおぼえたものです。

その村上龍さんが、虐待された人間の心理について、
正確に理解していて、真相と、世間の認識との埋めがたいズレを指摘するなんて。

180度ともいえる見解の変化の背景には、どんな出会いがあったのでしょうか?
どちらにしろ、虐待の本質を理解している有名人・文化人が増えるということは、
いいことではあります。
 

自分でできる精神療法(心理療法)

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●『プライベート・アイズ』は自分でできる・自己啓発のテキストです
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『プライベート・アイズ』の受講生さんで、全部の過程を自宅だけでやろうと考えて
いらっしゃる方が案外、多いようです。テキストには「ファミレスとかでやってくだ
さいね」と書いたのですが、ホームページ画面右上に、「自宅でできる」と書いてあ
るのも影響しているのかも。

そこで、「自宅でできる」を「自分でできる」に訂正してみました。^^; 

自宅で全部やろうとするのは、あまりおすすめしません。

自宅だと落ち着く、とかリラックスするから、そしてお金もかからない(これが大き
いと思いますが)から、という理由で、平井に言われるまでは自宅でやっている方が
多いですが、自宅って、日常そのものですよね?

ふだんの意識を適度に変容させるためには、適度に非日常的な環境であることが望ま
しいのです。

『プライベート・アイズ』は、どこでもできますが、ある一定の条件を満たしている
場所でやってくださいね。一定の条件とは何かはテキストに書いてありますので、見
ていただくとして、具体的には、コーヒーショップ・ファミレス・電車のなか・など
です。

これまで他の治療法を体験なさってきた受講生さんは、案外、テキストに書いてある
ことを無視したり、平井が念押ししていることにあまり注意を向けてくれません。
(;^_^A

『プライベート・アイズ』の効果を狙ってはいるものの、やり方のほうは、最初から
それまでの経験に頼った自己流で行なってしまい、副作用のようなものを起こしてい
る方がいらっしゃいます。

例として、自宅で・部屋を暗くして・完全に自分のなかに埋没して・受け身になって
・退行を引き起こして……等々、ヒプノ・セラピーや、原初療法(プライマリー・セ
ラピー)で使われる手法を勝手につけたして加工(?)して行ってしまっているのです。

プラアイのテキストに書いてあることとはまったく異なるアプローチを続けながら、
プラアイ的な効果求めるのは、それは無理というもの。(^^;;;

原初療法(プライマリー・セルフ・セラピー)の自己催眠的な部分は プラアイと
ちょっとは似ているかもしれませんが、テキスト全体をよく見ていただければわかる
と思います。プラアイと原初療法は、似て非なるものです。まったく違います。『プ
ライベート・アイズ』は、理知的な大人の自分が、過去と現在の自分を同時に癒して
いく、セルフ・ケア・プログラムです。 

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●受講生さんからの嬉しい(^^)メール  
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受講生さんにアドバイスさせていただくなかで、私自身、『プライベート・アイズ』
についてわかってきたことが多いです。

最近SYさんからいただいたメールも、いろんなことを再確認するきっかけになりま
した。 

SYさんは、すぐに結果を出そうと 無理やりご自分を限界以上に追い込んで、誤っ
たプラアイの利用のされ方をしていました。そのやり方は効果がないばかりか、自分
で自分を傷つけるおそれがあったので、ストップしてくださいと何度も忠告させてい
ただきました。

料理を作るにも、車を運転するにも、火や庖丁や機械を動かすので、注意が必要で
す。まして、心理療法は、患者の精神の内面に向かうのですから、困難や危険が伴
い、時間もかかります。 

プラアイは、心理療法にはつきものの困難と苦痛を排除しているので、「自分は
平井さんに負けない知識くらい、ある」という独りよがりはやめて、
最低限の注意は守ってください。

『プライベート・アイズ』では、進める上で、他人に向かって自分のプライバシーを
事細かく言わなくてもいいのです。
次に、心理療法にはつきものの、個人の精神を取り扱う危険と困難ですが、困難を感
じるような難しいやり方は、プラアイにはないです。危険については、回避するため
の知識と注意事項をテキストに書いてあります。この注意事項さえしっかり守っていただけれ
ば、とくに難しいことはありません。

ですが、平井の警告と制止を無視して、最初からいきなり、最も危険な地帯に向かっ
て、何の準備もなしに突っ走っていこうとする方も、なかにはいらっしゃいます。

もちろん、平井は止めるよう説得しますよ。SYさんの場合もいったんストップして
いただきました。以下は、SYさんから後日いただいたメールへの平井の返事です。
(編集してあります)

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メール件名:Sさんへ 鬼手仏心(きしゅぶっしん) 
……………………………………………………………………………………………
平井です。(^^) 
メールありがとうございます。

鬼手仏心という言葉があります。

外科医が患者にメスを入れるときのことを、医者側からたとえたものですが、プラア
イは、最初にSさんが問いあわせくださった通り、もしご本人が希望されるなら、精
神分析という、麻酔なしの外科手術を自分で自分に行なうことが可能な 手引き・マ
ニュアル・ツールです。

手術をするには、担当医・設備・道具・スタッフはもちろん、患者さんの同意や、日
時の設定や、術後の世話も、いろんなことを前もって準備しておく必要がありますよ
ね? 執刀医の体力や、知識や、技術も 当然養っておく必要があります。

これらに該当することがらも、プラアイテキストのなかに入っており、利用できるよ
うにすべて揃えているわけです。

でも、テキストのなかで何回も触れて、回避・克服しようとしている、心理療法の難
しさとリスク(危険性)について、いま一つわかっていただけない場合があります。

これまで自分の気持ちを無視して、粗末に扱うことが習慣になっていたり、あるいは
やや自暴自棄気味の方は、私からの「もし実行されるときは、どう
か慎重に行なって下さい」「手順はこうです」「こうなったらこうしてください」と
いう言葉も耳に入らない。

その方が探しているのは、自分を傷つけ、罰する、痛みを得られる冷たく光るメスだけで、
プラアイテキストのなかから、それを見つけるやいなや、消
毒もしない素手でわしづかみにされて、即座に自分をグサリと切りつけ、痛みにのた
うち、苦しみの下から助けを求めて来られるのです。 

幸いなことに、これまでこういう言うことを聞かない受講生さんのトラブルにも、
うまく対処して、その後に傷を残すことなく、以前よりも安心して落ち着いて
取りくんで、効果を出すにいたっています。 

もちろん、こういうケースはかなり少ないです。
 

Sさんの場合、やや自己破壊的な傾向があるように、いただいたメールの文面から見
えていたので、(自分でできる自助プログラムなんでしょ? 
ほっといてよ!)と反感を買うかもしれないことを承知のうえで、中断していただい
たのです。

> 「まずは7回黙って一字一句読め!」と自分に言い聞かしています。

(注:Sさんの場合は、過去に受けてきた治療や本などから、いろいろと知識と経験
があったため、何も知らない方よりも、かえってプラアイの内容を吸収するのに邪魔
になっていました。そこで、自己流でプラアイもどき?をやっているのをやめて、実
行に移る前に、7回読んでみてくださいとお願いしました。)

あんまり力まなくていいですよ。7回読めば、前回取りこぼした箇所も 次回以降に
目を通したとき見えてくるはずですから。集中ばかりしていても疲れます。普通の本
を読むのと同じ感触で読んでみてもかまいません。

ただ、内容が衝撃的?なので、身体も負けまいと頑張ってしまう?
ことはあるかと思います。(注:受講生さんによって感想は異なります)

> 早とちりして分かったふりをして結果をあわてて出す必要もない訳だし、

そうです。まさにそうです。誰かと競争しているわけでもないし、他のことと違って
「たとえ雑でも適当に形だけ整えて早ければよい」というものではないのですから
ね。(^^)  

> 平井さんが一番最後に送ってくれたメールにあった最後の一文「亀のように最初は
> ゆっくりでもいいのですよ」というその言葉を励みにして、毎日読んでいます。
> …でも、真剣に読むと、ほんと、すごく時間がかかるんですよ…。

読むって時間がかかりますよ。もともと、6ヶ月にわたって配信した内容ですから
ね。一日二日で、ささーっと読みとばしただけで、完璧に実行できる人なんていませ
んよ。(今まで、何十年も抱えてきたものだから、今さら焦っても)と、じっくり何
回も読んで内容を理解しようとなさって、その結果、心が大きく変化して、
嬉しい報告をよせていただいたのは、NKさんです。急がば回れ、です。(^^)  

受講生さんが感覚をつかむのには早くて1ヶ月、嬉しい結果が出てすっかり落ち着く
まで3ヶ月……そんな感じです。

時間がたっぷりあっても、プラアイに取りくむのは一日あたり2〜3時間ぐらいにし
てくださいね。無理して長い時間を集中的に注ぎこむのは、受験や資格のための知識
をがむしゃらにつめこむのにはいいかもしれませんが、事務的な暗記物ではないし、
潜在意識的にも強制することになってしまうのでかえって非効率です。 

> 今での自分の知識が邪魔になる、という平井さんの言葉が心に残っていたので、
> 自分自身の胸に聞いて、自分がやってもらったら嬉しそうなことを分かる範囲から
> 始めました。
> 自分が今日はこれが食べたい、と思うものを作ってあげるとか、お菓子を作る、
> お風呂にゆっくり入る、など。

> 前だったら読まなかった本(児童文学とか)も、なんか最近読みたいなぁ、と思い
> 図書館で借りてきました。

自分の気持ちに寄り添って、願いをかなえてあげるようなことを、自分で自分にして
あげる、それは今のSさんにとって とってもいいことです!
(^^)!  

> 「絶対治す!」というよりは 「(いい意味で)まぁ、このくらいでいいかな、
> って思える基礎を勉強する」くらいのスタンスで取り組んでいます。

> いちどきは無理なので、付合い長いから。

ええ。そうですね。インスタントというわけにはいきませんし、人間の精神が、
スィッチひとつで切り変えられるわけもありません。(^^) 

プラアイって、Sさん的には 今まで捨ててきたり見過ごしてきた自分を探しつつ、
これからは もう少しラクに生きていくための、”自分にいちばん似合っている自
分”を、考えながら毎日少しずつ形作っていく―― 石や木から 理想に近い形を掘
り出して命を与えていく、彫刻のような 創造的な過程と考えていただくのが一番い
いかもしれませんね。

> いちいち平井さんに報告するのも平井さん迷惑かなぁ、と思い、
> このメールを出すのは迷っていたのですが、
> あの時平井さんに止めてもらわなかったらどうなっていたか、と思い
> 「ごめんなさい」という言葉と「ありがとうございました」更に
> 「平井さん、メルマガ、テキスト発行これからも頑張ってください」
> の言葉がどうしても伝えたくメールさせていただきました。

迷惑だなんてそんなことありませんよ。
良い方向にむかっているのを知らせていただいて 安心しました。

> いや、テキストを読んだだけでなにかがある、というのは本当だと思います。

> 大変長くなりましたが、もう一度、ありがとうございました。

> お体気をつけてがんばってください。
> 応援しております。

どうもありがとう。(^^) 
Sさんから、応援のエネルギーをいただきました。

〜平井 瑛子〜
……………………………………………………………………………………………

SYさん、あらためて、メールありがとうございました。
気持ちが落ち着かれて、良い方向に向かっているとの報告、本当に嬉しいです。

なお、『プライベート・アイズ』は、精神分析だけではないので、この「麻酔なしの
外科手術」は必ずしもやらなくてもいいです。テキストには、精神分析の他にもいろ
いろな取りくみ方がありますので。

ただ、憎しみが自分に向かってしまうとね、どうしても自己毀損(じこきそん・自分
で自分を痛めつける)してしまいがちなのですが……。そのお気持ちはよくわかりま
すけどね。プラアイはあくまでも、自分を尊重して、大切にするためのものなの
で……。^^;  

プラアイをやるときに注意していただくのは、焦らないことと、テキストを順番通り
に注意深くやっていただくこと、それだけです。

『プライベート・アイズ』の内容は、自分のことのようだ、という方はけっこう多い
です。平井は個人的な体験を 普遍的なものへ昇華して、なるべく他の方と共有でき
るように心がけて書きました。 

また、平井自身の精神へのアプローチ法を書いて、道筋をつけてあげておけば、
受講生さんが自分を知るときや回復していくときも、私と同じ道筋をたどってこれると考え、
その道を整えました。

とにかく、肩の力を抜いて、今までの経験にとらわれずに読むようにしてくださいね。(^^) 

 

玉音放送 60年目の夏

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●編集後記    玉音放送・メディアと大衆 
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7月に、地元仙台で、ある講演会がありました。

1945年8月15日に、日本の終戦を告げたといわれる、天皇が国民に初めて語りかけ
た玉音(ぎょくおん)放送についての講演会です。当時、この放送に携わったNH
Kの元職員の玉虫一雄(たまむし・かずお)さんと、歴史研究家として日比恆明(ひ
び・つねあき)さんが講演されて、具体的なエピソードをおうかがいしました。 

当時、速く、広く、国内外に戦争終結を告げるためには、ラジオ放送がもっとも適し
ていました。しかし、この放送が流されても、はたして、内地も外地も、皆全員が聴
けたのか? 聴いても理解できたのか? ということを、日比さんは平成9年から
興味をもち調査なさっていました。

実際には、受信機がなかったり、ジャングルで電波が届かなかったりして、
聴けなかった地域も多くあったようです。
もうだいぶ前のことですが、戦争が終わったことを知らないで
ジャングルに住んでいた元日本兵が見つかった裏には、
こういう事情があったのですね。

玉虫さんは、当時のNHKの大橋放送協会会長以下幹部3名とともに、録音班5名の
うちのひとりとして宮中に出向き、昭和天皇が詔書を読み上げられるのを録音しまし
た。 

最悪、反乱軍に録音盤が奪われて、戦争終結のための放送ができないことも考えられ
たため、皇居から録音盤を持ち出してNHKに運ぶまでは一計を案じたそうです。実
際、NHKや宮内庁の職員の方々18〜19名ほどが、近衛兵詰所に監禁されたりとご苦
労がありました。 

講演の最後に、日比さんが「何か質問がある人いますか?」ときかれたので、平井も
さっそく手を挙げました。^^;

日比さん「そこの女性の方」
平井「玉音放送は30分あったとのことですが、全体の構成はどうだったのですか? 
いきなり天皇陛下の詔(みことのり)からはじまっているわけではないですよね?」

「いい質問ですね」
日比さんはそういって解説してくれました。 

答え:玉音放送は、まず、正午の時報・君が代斉唱・アナウンサーの「おそれおおく
も天皇陛下におかれましては……」からはじまって、天皇の詔(みことのり)のあとに、
アナウンサーが国民を慰め勇気づけるような?解説をしたそうです。 

ただ、天皇の言葉が衝撃的だったので、実際に放送を聴かれた人にインタビューしたところ、
このアナウンサーの解説のことを、ほとんどの方が覚えていないとのことです。

他には?という問いかけに、講演会場の後ろのほうに座っていらした方が手を挙げました。
日比さんとお知り合いでした。当時、憲兵として、玉音放送を妨害しようとする反乱軍
(戦争を続けようとする軍の勢力のこと)の警戒にあたった方でした。

私は「憲兵(けんぺい)」と聞いて、一瞬ギョッとしました。

憲兵といえば、軍の警察として一般庶民を見張り、戦争に協力・賛成しないとみる
や、些細なことでもすぐに銃剣などで制裁!を加えて、かなり横暴だったと記憶していたからで
す。私の後ろの席の女性も「憲兵って言ったら、すごく怖かったよ〜(-_-メ)」とつ
ぶやいていました。 

会場にいらしたその元憲兵とおっしゃる方は、本当にかくしゃくとされていました。
顔色がつやつやと血色が良く、直立した姿勢や、しゃべり方が、訓練された、まさに筋金入
りの兵士そのものでした。

上官の命令一つで命を賭けることもいとわない少年の情熱のおもかげが、はっきりと残っていました。 

日比さんに促されて、この方は当時のことを語りはじめました。

「『反乱軍がどこかに隠れているかもしれないから、見つけたら殺せ』と言うことで
した。(殺せという単語が会場の平和な雰囲気に合わないと感じたのか、その方はこ
う付け加えました) 命令ですからね(平井より注:逆らえない。上官の命令は絶対
ですから)。全部見回って探しましたが、反乱軍は見つかりませんでした」

この方が体験談を話し終わったときの、ほとんど高齢者で埋まった会場の反応が忘れ
られません。後ろのほうで、誰かがまばらで静かな拍手をすると、(ああ、そうだっ
た)と他の人が気づかされたように、拍手が波になって後ろから前のほうへと広がっ
てきたのです。初めて味わう独特な雰囲気でした。

この反応は、いったいどういう意味だったのか……自分よりもはるかに年上で、苦難
の時代を生きてこられた方々のお気持ちを、平井はしばらく考えていました。

(憲兵には嫌な思いもさせられたけど、昔の恨みは水に流そう。この人は玉音放送の
ために警護に当たったのだから。同じ時代を頑張ってきたのだから。ご苦労さま)と
いう感じなのかな、と。

高齢になった方は多くを語りませんが、8月下旬にテレビ放送された、「日本人はな
んて馬鹿だったのか」と自己卑下し、俳優のNTさんが最後にメソメソ哀れっぽく広
島の原爆の惨めさを訴える、誰が誰に何を言いたいのかさっぱりわからなかったドラ
マを製作した人たちよりも、この日会場にいらっしゃった、無名の方々の対応こそ、
大人だなぁと心にしみ入る想いでした。 

ちなみに、この講演と関連したラジオドキュメンタリー
「玉音放送 60年目の夏」が後日放送されました。
印象に残るよくできた良質な番組だったと思います。
文化庁芸術祭のラジオ部門で大賞を受賞しました。
みむめもーどさんのブログ記事 TBC東北放送の番組案内

地元の放送局の女性の番組制作ディレクターの作品だそうで、なんだか嬉しいです。

……てか、さんざん長くなったので、ここらへんで終わります。(´▽`;)

ではまたお会いしましょう。(@^_^@)

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今回こんなにも長くなってしまったのは……冗漫なのか、話題がてんこもりなのか、
よくわかりませんが、最後まで面白く読んでいただけたら幸いです。ありがとうござ
いました。(^_-)-☆♪

秋の夜長を楽しんで下さいね。(^-^)ノ~~

。.∴☆・・。.∴☆・・。.∴☆・・。.∴☆・・。.∴☆・・。.∴☆・・。.∴☆・


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