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講読ありがとうございます。 前半は、潜在意識の法則などについてです。 後半は、心に悩みを抱えた人向けで、まじめな内容になってます。 自己催眠(療法)と催眠術の違いの巻(まき♪)催眠っていうのは、潜在意識に働きかけるもの。 浴槽にぽけーっと浸かっているときって、 日本式のお風呂って日本在住の西洋人にも好評のようです。 潜在意識にコンタクトするには、こんなふうに、 今日は、潜在意識の利用法のひとつ、 目ざましがわりの自己催眠私は若いころ、電車で通勤していました。 当時はダイヤの間隔が長くってね〜。 昔は待つうちに、眠ってしまうことがしばしば。 発車しても、私はもう爆睡中。 降りるのは始発の仙台駅から数えてから二つ目の駅でした。 降りる駅を乗り過ごしてから目が覚めたことが、いったい何度あったことか。 (;^_^A そこでどうしたものかと考えてみました。
眠くなるのはしかたないので、 タイマーをかけるわけにもいかず、眠るまえに「降りるタイミングで起きられますように」と念じてから目をつむるだけですので、初めは早すぎたり遅すぎたりしてなかなかうまくいきませんでしたが、何度か試しているうちに成功。 電車で通勤・通学している方のなかには、『自分が降りるタイミングで目が覚める術』を身につけている方って、けっこういるんじゃないでしょうか?(^^) しかし、よくよく考えてみると、これって、不思議といえば不思議ではありませんか? 自分は寝ていて意識がない。 でも、列車がどこを走っているかをわかっている自分もいるわけです。
そのもう一人の(形のない)自分が、列車が駅に近づくタイミングを見計らって、
私の場合は、なんとなく そのころの私は、どうしてこうなるのか不思議でしたが、 今なら、これがひとつの自己催眠だと言えます。自己催眠は、自分で自分をコントロールする力のひとつなのです。 人生を好転させる秘訣これは、ホント簡単ですよ。 寝る前にその日あった出来事のなかで、たった一つでも、 楽しいとか、嬉しいという感情もこめてね。 これは潜在意識にたいして暗示をかけることになります。 潜在意識は与えられたイメージを、現実に反映させます。 一晩では効果は期待できませんが、習慣にして、 それとも、ある日、突然嬉しいことが、というパターンかもしれませんね。 潜在意識の成功法則の本も、メールマガジンも でも、実行は、してますか〜? 知っていることと、実際にやってみることは別ですよ〜。 よかったら試してみて下さい。 では、今夜の一部はここまででおしまい〜です。 ★・゜・☆.・゜・★.・゜・☆.・゜・★.・゜・☆・゜・★・゜・☆ 続きまして、心の弱っている方向けの第二部が、はじまります〜。 ★・゜・☆.・゜・★.・゜・☆.・゜・★.・゜・☆・゜・★・゜・☆ ★・゜・☆.・゜・★.・゜・☆.・゜・★.・゜・☆・゜・★・゜・☆ 読者の方からのメールをご紹介します。 ---------------------------------------------------------------------- 「ありがとう」読ませていただいて、即、口をついて出た言葉でした。 たくさん心理学系?のメルマガがあります。 (わかった!!) うん、わかりました! かく言う私も 自分の性格がイヤでイヤでたまらない時期や 自分の状態を知ることで、自身を客観視できるはずだ、 ととと・・・話しがそれましたね、そう、言いたかったのは、 きっと、誰かが、自らを救う道を あ〜やっと、そこまで来て聞こえる声で が、恐らく、あなたご自身そんなご大層に大上段に構えては それでは・・・寒暖の差が激しくなりました、御自愛くださいませ。 三華。 ありがとうございます。 これもひとつの出会いの形ですね。☆(*^o^)乂(^-^*)☆ 心療内科医と向精神薬をごみ箱に捨てた日私が自分で自分をなんとかしようと決心したのは、 でも、病院にいるときは、自分は皆から差別されて侮蔑を受けるキチガイ(気違い)だから、そんなふうな扱いを受けてもしかたないのだと我慢していました。その日の夜、説明もなくただ渡されてお金を払った薬を取り出して、水で流し込んで、一晩寝ておきたら、なんということ! 今までのあの深刻な憂鬱と不安がたった一錠のちいさな化学物質で嘘のように吹き飛んでいました。しかし「ここに今自分が生きている」という実感も同時に失われていました。 夕方になって薬の効果がきれ、不安感が戻ってくると同時に、現実感も戻ってきました。薬は治したり、私の悩みに答えをくれるものではなく、ただ感情を麻痺させられ、生きているという実感を取り上げられるものだったのだとわかりました。そして、大事なことに気がついたのです。 「たとえどんなに心の悩みが深くて苦しくても、それを感じているからこそ、生きている実感が伴うのだ。生きるということは、喜怒哀楽の感情のどれかを感じ、それとともに過ごすこと抜きには成り立たない。感情をなくしてしまったら生きる屍になってしまう。精神病棟の患者さんの瞳が生気がなくてどんよりしているのは、きっと長年投与された向精神薬の副作用に違いない。私はそうならない!」と。 そして、だんだんと猛烈に腹が立ってきました。(当時28歳と若かったので。(^^)) 私の顔も見ずにつっけんどんに荒々しく血圧を計ったあと、バーン!と大きな音を立てて診察室を出ていった看護婦にも、高圧的で居丈高だった二人の若い男にも――私は二人の未熟な医者だかなんだかわからない人間の、カウンセリングの練習台をつとめさせられたというわけです――、「あんたはうつ状態だな、薬をのめば治るさ」と短く総括して、この向精神薬を飲み方の説明もなくただ処方した医師にも。 「私のこの深刻な心の悩み、強烈な不安感や、幻覚をともなう被害妄想や、喉の渇きや胸のつかえや腕の震え、心のなかに立ち込める暗雲、もろもろの身体症状は、そんなに簡単に薬なんかで消していいものじゃない! 絶対に何か、こうなるような理由があるはずだ! もう二度と、自分の悩みや、悩んでいることじたいを全面的に否定され、感じる神経を麻痺させられて、人格を否定されるのはまっぴら! あの医者は心療内科の看板をあげているのに、私にたいして家族構成さえ訊かなかった! 悩みの原因についても訊かなかった! もう、無理解で役立たずの医者や病院なんか頼らない! 自分でなんとかする!」と、あてもないのに、心の問題に関しては今後いっさい現代医学に頼らないことにしたのです。 (当時は、心の悩みを抱える人にたいしての医療や治療のサービスは、他には精神科しかなかったですから。ちなみに昭和の終わりの話です。) 神経症(不安障害・ノイローゼ)には、精神分析という有効な心理療法(精神療法)手段があることを『血と言葉』という被精神分析者のドキュメントで知ったのは、向精神薬を思い切ってごみ箱に捨ててからまもないある日のことでした。「自分は神経症(不安障害・ノイローゼ)だったのだ、精神分析をすれば治るのだ」と知り、努力を重ね、 神経症(不安障害・ノイローゼ)を2ヶ月後に退治!するにいたったのでした。 これが、そのお医者さんや看護婦さん、受け付けの人がみんな親切で、優しくいたわってくれていたら、すっかり先生や薬に頼ってしまって、何年もずるずると通い続けてそれで治らないままだったかもしれません。 今となっては、彼らの傲慢さや冷たさに感謝しています。カウンセリングの基本のヒントを得たのも、トラウマが再現される経験をしたのもここでしたし。(笑) =================================== ではでは、今日はここまでです。 |